
グレード制定後初の短距離王者。2歳時に阪神3歳Sで2着となり評価されるも、3歳春はクラシック歩み惨敗。
秋からは短距離路線にシフトし成功。4歳の84年にグレード制定でマイルCSと安田がGⅠとなり春は安田を目指したが
故障で出走できず。秋に復帰して第1回マイルCS制覇。85年は春は安田までマイルでは負けなしで
秋は毎日王冠4→天皇賞秋3着と距離の壁を越えようとしたが適わず。中2週でマイルCS連覇した。
父としては己が果たせなかった天皇賞秋勝ちをしたヤマニンゼファー、GⅠ後第1回の高松宮勝馬・フラワパークなど
計10頭の平地重賞ウイナーを出した。
36回(86)ギャロップダイナ(85天皇賞秋、86東京新聞杯)85年天皇賞秋で皇帝・シンボリルドルフを差し切って勝ったのは有名だが
実は当時彼は準オープン馬だった。フロック勝ちなんて言われたが86年には東京新聞杯と安田を勝って
実力を示したのは忘れられがちである。
またタイキシャトルに先んじる事12年、86年に既に「ジャックルマロワ賞」「ムーランドロンシャン賞」の2レースに出走しているが
結果は12・10着と結果を出せなかった。
またその年の有馬で2着になっている事も忘れられがちな事実である。
父として92年エプソムCを勝ったマルマツエース、北海道公営の名短距離馬で91~01年まで長く現役を続けた
オースミダイナーの父である事も忘れられがちである。
全ては天皇賞を勝ってしまったが故である。
38回(88)ニッポーテイオー(86NZT4歳S・函館記念・スワンS、87京王杯スプリングC・天皇賞秋・マイルCS)中距離で活躍した名馬。
87年春までは重賞では強いがGⅠでは2着ばかりと物足りなかったが
秋には天皇賞秋を制し、中2週で出走したマイルCSも勝ち一気にGⅠ2勝。
88年には安田も勝ちいよいよという時、宝塚記念2着の後に故障しそのまま引退となってしまった。
先にニホンピロウイナー、直後にオグリという名馬、その後に同じく天皇賞を勝ったヤマニンゼファーが居るため
忘れられがちではあるが、この中のどの馬よりも成績は安定している。
40回(90)オグリキャップ(成績省略)3歳秋のタマモクロスとの激闘、4歳秋のマイルCS・JC連闘と世界レコードと激闘を続け
5歳春に選んだのは安田。鞍上に武豊を迎えて後に長く残る大レコードを叩き出して勝利。
秋に大不調からの有馬制覇で劇的引退。
産駒に期待が集められたが、子供達は第一世代がちょろっと走った以外はてんでな結果で
過去最高価格で組まれたシンジケートは解散、種付け料も暴落し、最後の頃は1・2頭しか相手が来なかった。
現在は種牡馬を引退し、観光客相手にその姿を見せている。
42回(92)ヤマニンゼファー(93京王杯スプリングC・天皇賞秋)初代マイル王者の息子だが、目が出たのは4歳からで
43回(93) 1500万下の羅生門S勝利から京王杯SC3着、そして安田制覇と駆け上がった。
しかし秋は勝ちきれずマイルCS2・スプリンターズ2着と苦戦した。
93年には安田を連覇した。GⅠ制定後初であり史上2頭目の快挙。
秋には父の勝てなかった天皇賞秋を勝ち雪辱したが、スプリンターズSはサクラバクシオーの2着と勝てず引退。
44回(94)ノースフライト(93府中牝馬S・阪神牝馬特別、94京都牝馬特別・マイラーズC・マイルCS)94年を代表するマイラー。
サクラバクシンオーとの死闘を演じ、安田・マイルCS共に彼をねじ伏せた。
45回(95)ハートレイク(94コンコルドS、96京王杯スプリングC)3歳時はアイルランドのGⅢを1勝した程度の馬だったが、ゴドルフィンに購入され
ドバイに移籍し1戦。95年の京王杯SCに出走し5着、それに続く安田で海外馬の初勝利を納めた。
しかし他国のレースとなると重賞すら勝てず、96年に再び京王杯から来日し京王杯を勝ち、安田制覇を狙ったが
12着惨敗。その後イギリスに渡り1戦した後引退。
引退後は日本で種牡馬になるプレシャスカフェを輩出した。
46回(96)トロットサンダー(95マイルCS、96東京新聞杯)5歳5月まで浦和競馬に所属していて、中央に移籍してきた。
故障がちでちゃんと使えるようになったのは6歳になった95年からで、秋に大成しマイルCSを制覇
王者として96年の安田も制して秋はマイルCS連覇を期待されたが馬主が名義貸しを行っていて資格剥奪され
調教師も制裁を受ける黒い事件が発生。それに巻き込まれた形で行き場が無くなり引退。
種牡馬としても大成せず、種牡馬引退後は牧場主からろくに餌を与えられず餓死に近い形で
虐待死したと言われている。
48回(98)タイキシャトル(97ユニコーンS・スワンS・マイルCS・スプリンターズS、98京王杯スプリングC・ジャックルマロワ賞・マイルCS)稀代の短距離馬。
この安田はどしゃぶりの雨でコースが泥田のようであったが、最悪の馬場をものともせず勝利。
この後フランスに旅立ち日本馬として2勝目の海外GⅠ制覇をした。
現役最終戦、スプリンターズSまでは連対率100%だったが最後の最後で3着になり崩れてしまった。
50回(00)フェアリーキングプローン・2頭目の海外所属馬の勝利。また香港所属馬初の勝利。
と、GⅠ後はこんな感じでしょうか。
98年頃までの短距離路線には、ちゃんと物語が馬にあったのに
ここ数年はここを勝っても秋には活躍できないような馬ばかりで、あまり活性化していません。
そろそろ絶対的な強さを持っているような馬、人気の出る要素を持つ馬に現れて貰わないと
あまりに薄味な馬ばかりが勝ち馬に並び続ける事になりそうです。
今年なんかはオレハマッテルゼが勝ってくれると、名前からの人気に実力と結果が付随して
ちょっとした人気が出そうな気もしないでもないんですが。
ちょっと期待しています。
もう少し細かく行きたかったのですが、眠気限界の為ここまでで失礼します。
次回からは安田レポート、そしてみじんこ毎日更新終了となります。
写真は忘れられがちな勝ち馬「フレッシュボイス」