13才の時。 | サイレントルーツの実

サイレントルーツの実

先住民文化と歩く毎日のつれづれ。
食・子育て・自然農・鉱物や菌類。癒し。語りべ。
民族楽器とともに語る昔話への道・先住民の方々との日々。
淡路島移住生活・母子疎開支援

ハロウィンはわが子の中学校の文化祭、と言う名の合唱コンクールでした。

号泣。

我が家は東京にいた時からなんだか子どもたちが来る家でしたが、淡路島に移住してもそれは変わらず。
きっと天井から草がぶらさがってたり、
雑草食べてたり
変な楽器が転がってたり
火遊びできたり(ここは山の上。思いっきりできます。火を扱う時は「火の神様」の話をします)
料理はやらされるし(我が家はセルフ性。)
母ちゃんは歌って踊ってるし
で変な家なので飽きないのだと思います。

舞台に立って歌っている子たちも見知った子が何人もいます。

中2ぐらいになると色々あって
学校へ行かなくなったり(担任の先生、お母さん非常に心配)
行方不明になったり(なぜか私が第一発見者に。その子のお母さん探し回って半狂乱状態でした)
卵投げてたり(淡路島の悪い子たちは卵を投げるのです)
まぁ、それでも自分が中学生時代の頃よりかわいいもんです。(校内暴力全盛期の頃が中学生だった私。朝学校へ行くと校舎のガラスみんな割れてました)

私は「悪いことは今のうちにやっておけよ。脱法ハーブ類は除く。あれは人間じゃなくなっちゃうからね。ちゃんとヒニンはせいよ」という変な親なので、話しやすいのか、たまたまそういう場面に出くわしてしまうのか、色々ありますね。

(ちなみに淡路島の子どもたちは非常におくて、でした)


最近異様にひょうきんだね、と思っていたら川べりでばったり出会い、泣いていただろう跡を見てしまったり(その子は一人で抱えちゃう子なのです)。

なんだかよくわからない表現もあるのだけど、それでもみんな純粋に真剣に悩んで成長して超えております、子どもら。

子どもらの合唱が一年の時は小学校からの延長、と言う感じでまだまだかわいい、ただ大きな声出してりゃいいや、の状態でした。
今年はさなぎから羽化してきているように、人生の機微なんかをいっちょまえに声の響きに出したりしています。
目を見張る勢いで、それぞれの方法、それぞれの時間で、壁にぶち当たっては超えております。


そういう時に一緒の時間を過ごせて、なんというか、ありがたいです。




…私、職業選択間違ったかなぁ?(中学の教員免許持ってるが、先生にはならなかった)
いやいや、学校の先生と言う立場では見えてきた風景は全く違っていただろうと思うのです。
一母ちゃんで、変な母ちゃんでいられたから子どもたちとともに見れたもの、体験できたものがたくさんあります。


私ら大人たちもうかうかしてられんね。
酒飲んでくだまいて適当に長いもんにまかれて人生ごまかして生きててはもったいない。

子どもたちはそれぞれの環境で精いっぱい生きておるから、
東京から淡路島に避難移住して、いいこと、どないしようという、人生色々あるけれど、
私ら大人もへこたれてなんかいられませんがな。
うまく行こうが行くまいが。
精いっぱい生きんとな、と思います。