つれずれなるままに・・・ -247ページ目

オリジナリティを鍛える読書法・・・

オリジナリティ(独創性)を鍛えるのには少なくとも最低限の(というのも本は沢山読めば読むほど良いという訳ではないからです(少なくとも創造的に成るという点において、というのもただの物知り博学者に成りたいのなら多く読んだ方が良いに決まっているからです)読書は欠かせないと思います。

では、ただ読んで記憶する、或いはもう一ランク上の考えながら読むだけで、果たして独創性は高まるのでしょうか?答えは多少は高まりますがそれでは飛躍的な上達は望めないと(僕自身の少ない経験から言ってですが)僕は思います。考えながら読む、考えながらまでは正しいです。しかしそれを具現化(要するに文章として書く作業)する事を怠っている読書人が多い様に少なくとも僕は思っています。ワザワザ自分の頭の中で考えたことを紙に書くのは一見バカバカしいと思う人も多いと思います(それは極々当然の反応ですが)。しかし、自分の考えていることを紙に書いて行く作業を続けていると文章力(もっと広い意味では表現力、いかにすごいアイデアも他人に分かる様な形にする力が無ければ宝の持ち腐れではっきりいって何の意味も持ちません)が付いて来ます。そして、第二に頭の中だけで考えただけではないアイデアが紙に書くという具現化の作業をすると思いつくからです。そんな理由で、本を読むときはペンを持って自分の感想なり考えをその本に(これが重要で、別のノートに書くのとでは全然違って来ます、理由は前述の通りです)書き込んでみるのをお勧めします(その時は意味が無くても後でそれらを読み返した時に今まで考え付かなかった様な素晴らしいアイデアが待ち構えているに違いありません)ニコニコ

服装(身だしなみ)と人間性・・・

今回は服装とその人の人間性との関係について書きたいと思います。僕は、今まで全く服装に拘りませんでした。余談ですがある若い社長さんが(おしゃれじゃない人間は仕事が出来ない)とおしゃっていました。その理由はオシャレであることそのものよりも、そういう自分に(服装にダラシナイ自分に)忠告してくれた他人がいたはずなのにその忠告を受け入れない頭の堅さ(これは僕の解釈ですがその謙虚の無さ)が問題だからそうです。僕はこれは真理だと思います。僕も今日から(早速服装変えました)オシャレじゃなくても(何故なら似合わないからです)身だしなみには気をつけたいと思います。

無駄な部分と人間らしさ・・・

 一見無駄に見える物事って意外と人間にとって大切であり、人間らしい一面を表している事が多いと思います。

例えば動物は食べ物をただ食べられればそれでいいけれど、人間は味付けだったり、盛り付けや皿のデザイン、更にはどういう場所で食べるか?にも拘ります。

そういう一見無駄に映(み)える事に力を入れる事が人間(の心)を豊かにして行くし、逆に言えばそういう無駄を惜しむ(合理至上主義)と人間(の人生)は味気なくなってしまうと思います。

新しい時代の予感・・・

 現代社会は人間臭い手巧的な面とテクノロジー的な面がほぼ同じ位(バランス良く)発達して来ている歴史上から観ても(更に未来ではまた少し違って来ると予測しています)非常に特殊な時代です。

 例えば、楽器一つとってみてもギターやヴァイオリンといった人間(楽器職人)でしか造れない楽器がある一方プロツールズといった非常にハイテクなデジタル楽器も在る訳です。

 ですから、これからの時代の創造的な仕事は人間でしか出来ないことと、機械(コンピューター)でしか出来ない事を上手く使い分けてゆく、或いは組み合わせて行く事が要求されて来るそんな新しい時代の予感がします・・・。

エーカン・・・

 エーカンって懐かしいなぁと思いエーカンのことについて書くことにしました。エーカンとは文字を綺麗に書く為の画期的な道具で(確か6カ国特許とっていた)このような道具です、http://kuma.jugem.cc/?eid=45 http://www.kenko-trendy.com/health_appliances/000762.html がそうです。よく15,6年くらい前のフラッシュとかの広告に載っていたものです(実は僕もそれを見て購入した)。それを僕は左利きに変える為に買ってトレーニング(一日8時間くらいを10年近く続けてました。はっきりいって危ない奴だね)し現在に至っているわけです(これがなかったら多分無理だったと思うとエーカンを開発した人に感謝感謝です)。勿論、楽器特にギターのフィンガリングのトレーニングには持ってこいの道具なので紹介したかったのですがネットで調べてもその会社(エーカン普及協会)はもう無かったです。時代の流れを感じ少し寂しい気持ちになりました・・・。