「静寂機械」//-001 | Silent Code

「静寂機械」//-001

夜の種族のみなさんこんばんは。
静寂をたたえた夜の時代、芸術が魔術だったころに思いを馳せて

さて今宵から数回に分けて物語を書きます。
タイトルは「静寂機械」

-招待状-
町外れに姿を現した移動式の劇場に招かれた。
古い紙特有のすえた匂いと真新しいインクの匂いが混ざりあった招待状には、日付と場所がひっそりと記されていた。差出人は古くからの友人。

彼(または彼女)がここ数年どこで何をしていたか消息は聞いていないものの突然届けられたその招待状にはたいそうな魅力を感じざるを得なかった。

彼(または彼女)は私と親交のあったころ「音」を創りだすことに熱心だった。いや熱心というにはあまりにも偏執狂的な態度で全ての時間を「音」に注いでいた。そんなありさまなので次第に友人達も離れてゆき最後は私が唯一の話し相手としていくつかの季節を過ごした。しかし私も自分の人生が複雑になりすぎていて彼(または彼女)との時間は次第に減ってゆき、その付き合いは少しずつ記憶の暗部へと沈んでいったのである。

-街-
その後移り住んだこの街にはいたるところで巨大な掘削機が稼働していて、四六時中巨大な蜃気楼のような轟音が街を覆っている。
ここには長い間一瞬の静けさも存在したことがないようだ。みながそれをあたりまえのこととして受け入れていて不愉快な音の中で生活をし続けている。
殺伐とした雰囲気のなか繊細な気持ちが失われ人々の会話も大声となり、それらがよりいっそうこの場所の騒音に加担しているかのように感じた。
私はそのざらざらとした音の中を歩いた。街はずれまで続く擦切れた石畳を歩いた。


-香水瓶-
開演時間までまだ間があるからだろうか、入り口から覗き込んだテントにはまだ明かりも灯っていず、観客は一人も見当たらなかった。テントの内部にまでそこかしこの掘削機の音が侵入していて僅かな香の薫りが轟音の振動にゆれていた。

ほんのりと小さな明かりを頼りにテントのカーブに沿って歩くと分厚い布製のテント生地がバサバサと音をたて、その空間が予想外に大きなものである事を感じさせた。
明かりの場所に到着するころには寒い季節にそぐわない汗が額に滲んでいた。
空っぽの香水瓶や古い画集と楽譜、閉じられたままの小さな詩集が乱雑に載せられた木製のテーブルに置かれた布製のシェードランプが明かりの正体だった。

-彼(または彼女)-
小さな詩集を手に取ってハラハラとめくっていると背後で物音がしたので振り返るとそこに彼(または彼女)があの頃と同じ複雑な笑顔を見せて佇んでいた。
ぎこちない挨拶の後、彼は私に自作の楽器を紹介してくれた。
数年ぶりに合う彼はどこか虚ろで存在感がゆらいでいるようだっった。

-彼女(または機械)-
それは縦長で菓子のショーケースのような箱と女性の姿を模した人形が合体したような様子で機械というよりはシュールなオブジェのようだった。

ガラスと木枠に閉じ込められた人形は世界の音を一つも漏らさず聞くかのごとく瞼を伏せて少しうつむいていて、髪の間から見える耳が異様に白く、大きく見えたのを覚えている。

開演前の慌ただしさを詫びながら彼(または彼女)が大切そうにそれを舞台の中央に移動させ、いくつかの配線を施した。
何かの力が伝わったかのように人形の長い指ががぴくりと動いた。
次の瞬間低い振動が機械の周りを包み始め、奇麗なガラス玉のような瞳に怪しい光が宿った。