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拙い日々の記録

30歳になって初めての妊娠・出産を迎えた私の
日常と過去の記録です。

赤ちゃんのお世話をしながら
日々感じたこと、忘れたくないことを
綴っていけたらとおもいます。

夜中の1時に破水して
しばらくは陣痛が始まらなかったものの
感染が心配なため
このまま入院病院となりました

そのまま3時頃まで陣痛らしい痛みはありませんでした

いざ陣痛が始まってみると
事前に学んでいたような
ちょっとずつ陣痛の間隔が狭まっていくというのではなく
いきなり5~7分間隔ハッ
痛みは生理痛に近く、
元々ひどい生理痛に苦しんでいた私としては、耐えられないほどではありませんでした

付き添っていた母お母さん
長丁場になりそうなので、
痛みが強くなるまでは自宅待機ということで帰宅しました

明け方5時頃
どうにもお腹がすいてきてしまったので
せっかく寝ていたはずの母を起こして
お握りおにぎりを配達してもらいました照れ

すると…
少しずつ強くなっていた陣痛が弱くなり
7時にはピタリと止まってしまいましたアセアセ

8時半からの往診で
子宮口が4㎝しか開いていないといわれ
翌日は祝日であることも考慮して
陣痛促進剤で今日中に産みましょう
ということになりました

夜勤週の旦那さんとは
仕事明けに連絡がとれましたが
今日中にこちらに来るのは難しいとのことえーん
明日の仕事明けに移動新幹線して、
一泊することは出来る、ということになりました
出産立ち会いしたがってたのに…残念ショボーン

旦那さんが立ち会えない分
お母さんが付き添ってくれるのが
せめてもの心の支えルンルン

9時から促進剤を点滴投入開始
徐々に薬の量を増やされましたが
朝ご飯パンは問題なく
お昼ご飯パスタでは痛みの合間に少しずつ
食べることが出来ました

14時頃から
間隔も痛みの強さも
呼吸法では痛みを逃すことが難しくなり
時々我慢できずに
痛い痛いえーん!
と叫ぶようになりました

うつぶせでも、横を向いても
腰を擦って貰っても(NSTの器具がついていて、押してほしい位置を邪魔しているのもあり)
息み逃しの椅子に座っても
とにかく痛くて
何分感覚なのかとか
どうでもよくなり、
それなのに助産師さんは何度も見に来てはくれるものの、
内診をしては
うーん、まだだねぇ…
と言って去り…

そのとき子宮口は
左側8㎝
右側4㎝
しか開いておらず。

それまで担当していた助産師さんの他に
ワラワラっと二人の助産師さんが増え
体勢を変えるか
投薬量を最終段階に増やすか
相談を始めました

私自身を取り上げてくれた
ベテランの助産師さんが
一先ずトイレに行きましょうと一言

正直それどころじゃない痛みでしたが
自分では解決策なんて分からないので
引きずられるようにしてトイレに。
戻ってもう一度子宮口わ確認すると…

まさかの全開ハッ

おしっこで膨らんだ膀胱に引っ掛かってました爆笑(笑)

すぐに分娩台に移動しました