翌日。

今日もいつも通り6時に起きて、部屋の掃除。洗濯は昨日したので今日はいいだろう。男の一人暮らしなんてそんなものだ。
朝食は和食テイストで。味噌汁を作りながらテレビをつける。やはりニュースはこの町の事で持ちきりだ。
どうやら一昨日すれ違った彼は正式に指名手配されたらしい。へぇ、名前は須藤春史というのか。

しかし、自分の住んでいる町がこう何日もテレビに映っているというのは不思議な気分だ。特に有名な名物がある訳でもない、無名な町だったのだが、この数日で一番名前を聞く町になってしまった。これから先、連続殺人事件がどこかで起こった時は比較としてこの町の事件が挙げられることだろう。連続殺人事件の町ということで覚えられてしまうのはいささか寂しい。まぁ、僕はこの町で生まれた訳ではないけど…。

あぁ、やはり今日からこの町で大規模捜索が始まるらしい。事件の展開からすればいささか遅い気もするが、それはそれ、色々と大変なのだろう。父親の苦労が伺える。

そんなこんなで味噌汁が出来上がり、鮭も焼け、典型的な日本の朝食が完成したところで、家のチャイムが鳴った。

誰だろう…。もしかして仁さんか?数日中には来るといっていたけど、今日は忙しいんじゃないのだろうか。
疑問に思いながら扉を開ける。誰もいない。
いたずらか?今時ピンポンダッシュなどやる人がいるのだろうか。しかもこんな朝早くから。もしそうならご苦労な事だ。
そういえば、前に仁さんが来た時も同じような事があった。あの時は扉の裏側に隠れていたのだ。
大の大人の癖にそういうくだらないいたずらばかりする。あの人はあの人で変わり者だ。

はて、扉の裏を確認してみたが誰もいない。まさか急いで隠れたという訳でもないだろうにと思いながらも一応外の方も確認してみる。やはりいない。まさか本当にピンポンダッシュか?
不審に思いながら部屋に戻ると、男が僕の作った味噌汁を飲んでいた。

「おぉ、お帰り、武哉。この味噌汁薄いなぁ。もっと濃くした方がいいぞ」

警視庁捜査一課、響乃仁その人だった。

「…、僕は薄味派なんです。仁さん」

「そうかそうか。確かに薄い顔してるもんな」
ははは、なんて笑いながら味噌汁をすすっている。
「いつの間に入って来たんですか…」
「え、お前が扉を調べてる時。こっそりとな」
「こっそり、ねぇ…。」
この人がこっそり入ってきたら気づかないのも当然だ。仁さんは剣道六段を持っており、そのすり足、体裁きの静けさから「無音の仁」とまで呼ばれているのだ。その凄さは仕事にも生かされており、潜入調査、追跡、犯人検挙においては右に出る者はいないとまで言われている。
「まぁ、実際にはそんな状況はめったにないけどな」
とは仁さんの言。

「そんな仁さんがなんでここにいるんですか。今日から例の事件の大規模捜索なんですよね?」
「お前が親父様に頼んだんだろうが。署長曰くお前と一緒に捜索しろ、だとさ。休暇扱いなんだぜ、これ?」

「あぁ、それはすみません…」
本当に息子のためならどんなことでもためらわない父親だ…。そんな人が上司で仁さんも大変だろう。

「なるほど。それじゃ、今日はこれから一緒に捜索ですね」
「全く、せっかくの休暇なんだから少しは休ませて欲しいもんだ」
「他の人に手柄取られちゃいますよ」
「そんなもんいらねーよ。それにもうこの町になんていねーだろ」
「やっぱりそうですかねぇ」
「普通はな。だがこの事件は普通じゃねぇ。だから俺がここに来たんだよ」
「そうですか…」

なんだろう、普通じゃないって。もう指名手配も出てるのに何があるのだろう。詳しく聞かなくてはいけない気がする。ただその前に、僕には仁さんに食べられてしまった朝食を作り直さなければいけないという使命があるのだった。
鈴の音が聞こえてきたのは正面の曲がり角の方からだった。
気になったので曲がってみると、10m程奥から少年が歩いてきていた。

年の頃は10歳くらいだろうか。どうやら鈴の付いた鍵を落としたらしい。

腰を落として鍵を拾う。

「あれ?」

違和感。
少年は何ごともなかったかの様にまっすぐこちらに向かって歩いてくる。

「君、」
「え、はい。」
「えっと、その、大丈夫?」

大丈夫ってなんだ。我ながら会話の不自然さにびっくりする。自分が思ったより動揺している事に気付く。何故か、それは、

「君、目が見えないんだろう?」
「はい、そうですけど。」
「やっぱり。」
「あ、でも大丈夫ですよ。ご心配には及びません、お兄さん。」
見透かした様に盲目の少年は僕の不自然な質問に答えたのだった。


「よく気付きましたね。初対面だと気付かれない事も多いんですけど。」
「そりゃこれだけ自然にいられたら気付かないだろうよ。僕はさっき君が鍵を拾うのを見たからさ。鍵の方を全く見ずに拾うなんて不自然だなぁって思って。」
「よく見てますね。びっくりしました。」
「観察眼はそれなりなんだ。その鈴は場所を把握するためかい?」
「あ、はい、そうです。音を聞けば大体場所分かるんで。」
「すごいな。杖も何も持たずに歩いてる所を見ると、道も覚えてるのかい?」
「そうですよ。」

こうして話しながらも、少年は真直ぐ歩いている。隣りにいる僕の方を向きもせず、しかし僕に一切ぶつかる事なく進んでいる。どうやら僕の声や足音などから僕の場所を把握しているようだ。

「そんなすごい事でもないですよ。音だってちょっと意識すれば距離とか分かるし、道もこうやって毎日歩いていれば覚えますから。」
「毎日?」
「はい。日課です。おじいさんみたいですよね。」
あはは、なんて少年は笑いながら語る。話してみれば普通に元気な少年、目が見えないなんて思えない程自然だ。
しかしそれは、その自然さは、
「大変だろう…。」
「え、あ、そんなことないですって。」
「どうしてそんなに頑張るんだい?」
自然であるが故に不自然だ。
「目が見えないから仕方ないです。見えないから不自由になるなんて嫌ですし。これくらい普通ですよ。」
「へぇ、強いんだね。」
「だからそんなことないですってば。」
笑って返された。彼にとってはこれが普通なんだ。

しかし、不思議なものだ。ハンディキャップを克服してしまうくらい前向きな少年もいれば何人もの人間を殺す男もいて、そんな殺人犯の心を覗きたいと思う人間がいる。
同じ人間なのに、こうも違うものなのか。
「あ。」
「どうしました?」
「さっき毎日散歩してるって言ったよね。」「はい、言いました。」
「今この町で連続通り魔殺人が起こってるって知ってる?」
「あぁ、そうらしいですね。ラジオで聞きました。」
あぁ、テレビじゃなくてラジオなんだ…。じゃなくて、
「危ないだろう。」
「危ないですか?」
「危ないって。」
ぽかんとする少年。
「もし僕がその犯人だったらどうするんだ。」
「お兄さん、犯人なんですか?」
「いや、違うけど。」
「じゃあ、大丈夫じゃないですか。」
「全然大丈夫じゃない。どこにその犯人がいるか分からないじゃないか。」
「そうですねぇ。でも、犯人が近くにいたら臭いとかで分かりますし。」
「臭いで分かるのか…。」
「はい。」
犬みたいだ…。なんて言わないけど。五感の一つが駄目になるとその他の感覚が強くなるって本当だったんだな。
「お兄さんこそ、なんで犯人じゃないのに散歩してるんですか?」
「僕はその犯人を探しているんだよ。」
「わ、お兄さんはお巡りさんですか!」
「いや、違うけど。」でも似た様なものか?
「とにかく、今は危険な状況なんだからあまり散歩とかはしない方がいいぞ。」
「うーん。分かりますけど、歩かないと道分からなくなっちゃいますし…。」
「じゃあ、誰かと一緒に散歩すればいいじゃないか。」
「あぁ、そうですね。じゃあ、お兄さん、一緒に散歩しましょう!」
「え?」
思いも寄らない展開だ。しかしまぁ、今日はもう引き上げようと思ってた所だし、この少年を一人で歩かせるのは危険だ。一緒に付いていってあげるのがお兄さんの勤めだろう。そうして、僕は盲目の少年と市内を周る事になった。

少年は話せば話す程普通の少年だった。学校も普通の小学校に通っているらしい(小学五年生だという)。
病気で小学校に入る前に目が見えなくなって、それから一年、日常生活を送れる様に猛特訓(少年は普通だと言っていた)をして、一年遅れて学校に入ったという。
「じゃあ、年は…。」「11歳です。今年の冬で12になります。」
道理でしっかりしているはずだ。小学校で年が違うのは結構大きいと思うのだが、彼の性格なら上手く行くのだろうとも思った。

30分程町内を歩いた所で、
「そろそろ帰ります。」
と少年が言ったので、僕も帰る事にした。送って行こうかと聞いたが断られてしまった。
最後に、
「そういえばまだ自己紹介してなかったね。僕は小坂武哉。大学生だよ。君は?」
「愛内琴利です。それじゃさよなら、武哉さん。」
「気をつけて帰るんだぞ。」
愛内ってどこかで聞いた事あったような?という疑問を抱きながら僕は盲目の少年、琴利君と別れた。
翌日。
結果から言ってしまえば、おとなしくしている事なんて出来なかった。


いつもどおり6時に起きて、部屋の掃除、洗濯を終えて朝食を作り(フレンチトーストにベーコンエッグ。洋食のモーニングを意識、という訳でもないが)、それを食べながらテレビでニュースを見ていると、件の連続通り魔殺人事件の事について放送していた。

どうやら、事件に進展があったらしい。

僕は朝食を食べ終わり食器を洗うと、ベッドに横になり目を瞑る。

食後に横になるのは良くないと父に何度も怒られた記憶があるが、考え事をする時はこの体勢が一番いいのだ。

考えるのはもちろん事件の事。

過去3件起こった通り魔殺人事件。
最初の被害者は近くに住む主婦、次の被害者もまた同じ市内に住む60代の女性、3人目は市内の高校に通う男子学生。被害者同士に面識は無いらしく、この市内にいる事以外は共通点もない。よって警察は無差別な殺人であると考えているらしい。
そしてもう一つ。この事件が同一犯による犯行であると判断した理由が、犯行手口にある。

みな人気の無い道で殺害されており、刃渡り20センチ程の家庭用包丁で刺された(同形状の刃物であると警察が判断している)跡が背中に一ヶ所、下から心臓に向けて一突きされ、それが致命傷となったという。
この犯行手口は何処にも発表されておらず、警察関係者か犯人しか知らない情報である。

3週間前に始まり、そこから大体1週間毎に犯行を重ねている。
そして昨日、とうとう4件目の事件が起こったという事をさっきニュースは報道していたのだ。

4件目の被害者は20代の女性、生前の写真は昨日見掛けたあの女性にそっくりだった。

そして、今回の事件で犯人の物と思しきDNAが検出されたという。警察のデータベースから、ある男性のDNAと一致したらしく、警察はその男性を探しているという。裏付けが取れ次第、正式に指名手配されるみたいだ。

そのニュースが報じたその男性の顔写真は、僕が見たあの男性だった。
僕が彼等を見掛けたのは、犯行が行われる前、もしかしたら直前だったかもしれない。


これは今までには無い展開だ。犯行直前の殺人犯と接触していたかもしれないのだ。
やはり行くしかないだろう。この状況では、彼が逮捕されるのは時間の問題だ。その前に、彼に話を聞いてみたい。
彼が今もこの街にいる可能性は低いが、だからと言ってそのままおとなしく待っている事なんて出来なかった。




という訳で、昨日の決意も空しく僕は街を歩いている。

家を出て既に5時間。暑さはだいぶ和らいで来たとはいえ、ずっと歩き続ければ汗ばみもする。
人通りの少ない道はもう殆ど見て回った。
街は昨日にも増して閑散としている。駅前には警官が何人か待機している。指名手配され次第捜索隊が街を歩き回るだろう。そうなればもう自由に歩き回るのは難しいだろう。
それまでに見つけ出したかった。

それもいい加減疲れた。残念だが諦めようか。今まで通り警察に捕まった後に父に頼んで話を聞かせて貰えばいい。
自分のすぐ近くに殺人犯がいた事で些か興奮していたんだ。やっと冷静になってきたし、もう帰ろう。そう思って踵を返した瞬間、


『チャリン』


と鈴が落ちる音がした。