家に着き、部屋に入った所でさっそく父親から電話が来た。

「もしもし、父さん。メール見てくれた?」

「おぉ、武哉。久し振りだなぁ。元気してたか?勉強してるか?お前は将来この私も越える超エリートの警察官になるんだからな。今はしっかり勉強して、様々な社会経験を積んで、成長して貰わなくては。そのための手伝いならなんでもするからな。」

…。相変わらずのテンション。過剰な期待は子供を駄目にすると全く気付いていないのだろう。
警察官になるなど誰も言っていないし。なる気もない。
まぁ、協力してくれるという姿勢は嬉しい。精一杯活用させて貰おう。

「あぁ、元気だよ。勉強もしてる。警察官になるかは分からないけどさ。
それで…、」
「おぉ、メールの件だったな。今ちょっと立て込んでてな。お前も知ってるだろ、連続通り魔殺人事件。」

「知ってるも何も、僕の住んでる街の事件じゃないか。」

「そうだったそうだった。その事件の特別本部が立てられる事になってな。それで今ちょっとバタバタしてるんだ。」

「あぁ、それはごめん。邪魔しちゃったね。」

「いやいや、構わんさ。可愛い息子の声が聞けたのだからね。
そういう事で、明日という訳にはいかないが、近い内に仁をそっちに送ろう。」
「え、仁さん?こういう事件こそ、仁さんの出番じゃないか。僕の所になんか送っちゃって大丈夫なのか?」
「いいんだいいんだ。あいつも最近働き過ぎてるからな。休暇だよ、休暇。それにお前の事だ。また事件に首を突っ込もうとしてるんだろ。だったら結果は同じじゃないか。私もその方が安心なのだよ。」

「それもそうか。じゃあ、頼むよ。それまではおとなしくしてるから。」

「おう、任された。くれぐれも一人で軽率な行動は控えるんだぞ。」

その後、5分程親らしい注意やら警告やらが続いて、通話は終了した。

何となく応援を呼んだのだが、思った以上にビッグな人が来てくれる事になった。これで何とも遭遇しなかったら面白くないな。


とりあえず、明日はおとなしくしてよう。大学に行く用もない。一日家でゆっくりと過ごそう。
そう、思った。


ケース21 見えない悪意


夕暮れ時だというのに、駅前の商店街は閑散としている。
駅前だけではない。少し歩いて住宅街に入ると、いつもは子供達のはしゃぐ声が聞こえて来る所が、今日は犬の鳴き声すら聞こえない。
それもそうだ。今、この町はかつてない程の恐怖に包まれている。

連続通り魔殺人事件。昨日からそう呼ばれるようになった事件が、この町を舞台に起こっていた。

そんな中、僕はいつも通りに一人、この町を歩いている。普通に考えてこの状況下、一人でこの町を歩くという事は非常に危険な事だ。
閑散としていて、道を歩いている人がほとんどいないのは、通り魔がどこに潜んでいるのか分からないからみな恐ろしくてなるべく外出しないようにしているからで、裏を返せばもしここで通り魔に襲われても目撃者は誰もいない。通り魔にとっては都合のいい状況なのだ。


じゃあ、僕はどんなつもりでこの町を一人歩いているのかと言えば、もちろんその通り魔と出くわすためだ。というのは嘘だ。半分。
この道は家路なのだ。今日もいつも通り大学へ行った僕は、いつも通り家に帰っているだけだ。最寄りの駅から徒歩20分。自転車に乗れば5分程だが、生憎僕の所有している自転車は今パンク中である。だから徒歩で家に向かっている。

しかし先程の言葉、半分は本当である。
このように歩いていれば本当に通り魔に出くわすかもしれない。そんな思いも少なからずある。
僕は今この町を騒がせている通り魔とやらに会ってみたいのだ。そして聞きたい。どうしてそんなことをするのか、と。

日本の警察は優秀だ。だから連続通り魔殺人事件など、しばらくすれば解決するだろう。僕は警察に伝があるから、犯人が捕まった後に話を聞けばいいのかもしれない。しかし、万が一という事もある。犯人が捕まらなかった場合、何らかの理由で話を聞くことが出来ない場合…。そうなったら僕の望みは果たせない。
せっかく自分の近くでこのような事が起きているのだ。まぁ、積極的にではなくとも、このように間接的に行動を起こすくらいはいいだろう。


しかし、本当に人がいない。時間帯のせいもあるのかもしれないが。もう少し遅くなれば、会社員や僕のような学生が帰宅する時間になるのだろう。この町はベッドタウンだ。それなりに帰ってくる人達は多い。そうなれば多少は人通りも増えるだろう。

しかしこの時間。学校が終わった子供達や夕飯の材料を買った主婦などがみな家に帰り、会社に行った人達がまだ帰らないこの時間。恐ろしい程に人がいない。
この世界には僕だけで、他の人は全て消えてしまったかのような。いや、いた。僕以外の人、人達だ。おそらくカップルなのだろう、僕と同年代くらいの男女がそそくさと歩いている。多少急いでいるようだ。それもそうか、こんな状況で悠々と歩いていく人なんて犯人か僕くらいのものだ。
彼等は曲がり角を曲がっていき、姿が見えなくなった。僕の家とは違う方向だったが、気になったので僕も曲がってみた。
曲がった瞬間、カップルの男性の方と目が合った。曲がり角の向こうで振り返りこちらを確認していたのだろう。目が合った彼はギョッとした表情を見せ、さっきより早く、半分走るかのように先へ進んでいった。それに戸惑いながら女性の方も早足でついていく。

もしかして、僕を通り魔と勘違いしたのかもしれない。それもそうだ。こんな状況で一人歩いているなんて不自然過ぎる。
僕はすまない気持ちになったので、追うのをやめ、素直に家に帰る事にした。

道中、携帯を取り出し、父親にメールを送る。
『優秀で強い部下を一人、僕に貸してくれないかな。明日一日でいいので…。』

やはり一人で出歩くのは危ない。僕も誰かを連れて歩く方がいい。勘違いもされなくなるし。今更ながらそんな思考に至ったのだ。

しかし、あの男性の目、相当慌てていたな…。そんなことを思いながら家路を進んでいった。



※この話はフィクションです。作者の妄想の塊ですので、現実との境界線を見失わないようご注意ください。


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この手記は、私、小坂武哉が今までに触れてきた犯罪者達とのやり取りを記録として残したものである。
何故人は犯罪を犯すのか。罪だと知りつつその行為を行ってしまう理由はどういう物なのか。
それを知るための資料としてこの手記に記録する事を目的とする。

本来これは誰かに見せる類いの物ではないのでこのような説明書きは必要ないのだが、行っている事の性質上、自分の身に何かが起こるとも限らない。そうなった時に、この手記を通じて私の求める答えをあなたが導いてくれるとありがたい。
その様な意図の元、始めにこのような説明を記している。


ここで私の事に軽く触れておこう。私は現在、大学で犯罪心理学を学んでいる。人が犯罪を犯してしまう動機や、罪の意識など、犯罪者の立場になった人の心理状態を知りたいと思い、大学という機関で勉強を行っている。

しかし、大学といっても学部生の身分では大した事は学べない。更に犯罪心理学などという特異な学問では、そもそも専門的な知識を学ぶ環境というものがそこまである訳ではない。

そこで、私は直接その犯罪者と呼ばれる人と接触する事で犯罪心理を理解しようと試みている。
幸い私には警視庁に勤める父(子供に甘く、勉学のためと言えば規定に多少反するような事も行ってくれる、変わり者である)の力を借りる事で、犯罪者と面会出来たりする。

そうして、様々な犯罪者と触れ合う事でその心理を研究していきたいと考えている。


前置きが長くなった。ここから、私が触れた犯罪者達の事を記していく。読みやすいように、ケースをそれぞれエピソードとして扱う。
よって、ケースの中には私自身が触れたエピソードや伝聞したエピソードなどがあるが、全て一人称視点で記していく。私が触れたものならばそのまま私の目線、伝聞したものならば私が聞いたその人目線で記していくので、これを読む貴方もその様に読んでくれるとありがたい。


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ケース21 見えない悪意