最近、所用で都内へ出掛けることが多いのですが、いよいよ暑くなってきましたね。
僕はあまり騒々しいところが得意ではないので好んで都心に足を運びませんから、たまに出掛けると人の多さに驚かされます。しかも今日なんて暑くてなかなか大変でしたよ。
ところで、都心のオフィス街を闊歩している方々は、どうして長袖のスーツを着たり上着まで羽織ったりして、汗もかかず涼しい顔をしていられるのでしょう。特に今日みたいに暑い日なんて……いつもながら本当に不思議です。街行く人を注意深く観察してみると、僕みたいに汗を拭いながら歩いている人がほとんどいません。まるで自分とは違う生き物に囲まれているような、不安な気持ちになります。
しかし今日改めて思いましたが、東京の人は人の流動に制約を受けながら、さらに電車のダイヤにまで支配されているのではないでしょうか。事実、電車の時間を気にしながら行動を管理しなければ、なかなか効率よく動くことができません。それはつまり時間に支配されているということで、なかなか不憫な話です。
一方で、僕が住んでいる東京界隈の片田舎では人のペースが遅く、せっかちな僕としては周りの人達のペースの合わなさに不満を覚えることがたびたびある。北海道なんて人が少なく道が広いですからそれでもストレスを感じませんが、東京周辺のいわゆる地方都市なんかではそれなりに人が多い場所がままありますから、余計にストレスを感じるのかもしれませんね。高齢化も多分に影響しているのでしょう。
それに比べると都内の人々は周りをよく見て、周囲の動線を読みながら効率よく動いていますね。たまにファミコンのスペースハリアーみたいな動きで人をよけている人がいるでしょ。笑っちゃいますけどね、「いかにうまく動線を見極めるか」に何かを賭けているその姿はやはり日本人的といいますか、あるいはそれぞれの事情や人間性、ドラマを感じさせるというか、ある意味で東京の風物詩ではないかと思います。
ああいう環境下ではどうしたってそういう注意力が養われるのでしょうし、日常で養われるその能力は一つのスキルとして、あらゆるところで生かされそうです。東京生まれ東京育ちの生粋の東京人が田舎で暮らし始めたなら、現地の人達のあまりに非合理的な行動パターンにストレスを感じるはずですよ。合理的な人やせっかちな人は余計に。
いや、地方のスローライフ的な部分に憧れる人も少なくないんでしたっけ。沖縄旅行で現地の人達に癒やされる──なんて話、よく聞きますものね。沖縄の方は、それはそれでどこかきちがいじみたマイペースさがあります。でも、僕としてはその方が精神的に健全なんじゃないかなと思うのですよ。人間、それぞれのペースというものがありますが、少なくともそれは東京ほど加速度的なものではないでしょう。
そういえば以前、海外の顧客からこんな言葉を言われたのを思い出します。
「日本の人達は皆せっかちに動いているけど、シッキーは違うね。他の日本人と何が違うのかな?」
その質問の正しい返答として、「都心に住んでいないから」というのがもっとも正しかったのでないかと今になって思います。内心「俺はせっかちだよ」と思いつつ「I dont know」と答えたような記憶がありますが。
あんなにせわしなく動いている人間達が密集している土地なんて、東京以外にないでしょ。大阪市内だってもっとゆったりしている。世界的に見てもそうかもしれませんよ。GDP世界第一のアメリカの大都市だって、あそこまで極端ではないはずです。
もともと分かっていたはずではあるのですが、今更ながら改めて「住む場所によって人とはこんなにも行動パターンが違うのか」と実感する今日この頃ですな。
見るからに“激戦区臭”を放っているあの街には、なかなか住みたいとは思いません。増してビジネスの場などにおいて、まるで闘技場の中で生きているような彼らを自分は日々相手にしているのかと思うと、戦々恐々たる思いです。
ですが言うまでもなく東京というのは日本の中心であり、仕事も娯楽も情報も、あらゆる最先端が集まっています。それを身近に感じながら生きるというのは、世界広しと言えどもなかなかできることではない。僕のような人間からすると都心での暮らしは敬遠したいところですが、見方を変えれば彼らは「日本の中心にある」というだけで非常に恵まれた境遇にあるのかもしれませんね。
まぁ、それはそれで不便さやストレスもあるでしょう。都会も田舎も一長一短、どちらか良いとは一概に言えないものです。ただ、都内の一等地で生まれ育った知人は、やっぱりちょっとどこか行動が狂っていますね。恋の仕方からしてまず面食らいますから、同じ日本人とはいえ相互理解の難しさを感じさせられます。要するにそれが東京もんと田舎もんの違いなのでしょう。そりゃあ不倫が流行るわけだ。こえーなぁ。
きっと今のこの時間も、街中はあちこちネオンがきらめいて喧騒が夜空に響き、様々な群像劇が繰り広げられているのでしょう。仕事で修羅場を迎えている現場もあるのでしょうし、ドラマチックなラブストーリーだってあるはず。あるいはスリリングなアウトローの舞台もあるかもしれない。酔っ払って泣いている人とか、けんかをしている人なんかもいるんでしょうね。僕が静かな書斎でこうしてデスクと向き合っている瞬間、銃口を突きつけられている人間もいるかもしれません。すべては排気ガスにゆらめく煌々とした街明かりの下で。東京というのは実にロマンチックな街です。あの街に住んでいるというだけで、彼らに敬意を表したくなります。憧憬にも似た感情かもしれません。
色々な人がいて、色々なドラマがあって、色々なサービスがある。あらゆる人が最先端の商品とサービスに触れ、当たり前のように流行の先を行きそれを消費する。そしてその小さな欲求はすべて企業利益に還元され、どんどんビルが建っていく。狂気じみてますな。
歌舞伎町だって、あんなに風俗店が乱立していりゃ街ごと狂っているとしか言いようがない。いまだにぼったくりがあるし、法治国家日本、それでも実は歌舞伎町はアムステルダムやニューヨークの地下鉄よりも危険な地帯なんじゃないかと思ってしまいます。婆さんの皮を被った狼みたいに。
夜の歌舞伎町を歩くと、映画や漫画なんかのステレオタイプなイメージと相反して平和的な、ごく普通な印象を受けますが、それでも「その裏に何があるか分からない」という危うさを感じるところに、あの街の妖艶な魅力があるのかもしれません。実際、僕は新宿はけっこう好きですよ。「今夜は遊んでいるよ!」と実感させてくれる得体の知れない説得力がありますからね。
以前、昼間の歌舞伎町を小学校指定の帽子(?)か制服かで歩いている年端もいかない子供を見たときは、内心で戦慄したもんです。大阪の子供が生々しい関西弁で「はよせいや!」と言っていたのを大国町の公園で目撃したときくらいのインパクトがありました。
普段はあまりこういうこと思わないんですけどね、どうも今日は変な感傷から心がざわついております。
今日は、靴ずれになってしまいました。いつも履いている靴ですよ。ただ、靴下がなんだか短かったのです。そのせいでかかとが靴ずれですよ。お陰でしばらく外出したくなくてですね、明日からデスクに根っこを生やすことができそうです。
東京の方々、ちゃんと水分とミネラルを摂りなさいね。汗をかかないってのは、僕が思うに代謝が悪くなっていたり自律神経がいかれかけていたりする悪い兆候です。フォーマルを意識し過ぎて体ぶっ壊したんじゃ本末転倒ではありませんか。激戦区に腰を据えればこそ、体を労ってください。謎めいた東京人に向けてというよりは、同じ日本人としての老婆心ながら心から思います。
じゃ!