夜勤明けの夕方、午睡から目が覚めて大鳥居に「みさきまぐろ切符」を買いに行く。肌寒い雨が終日続いていた。
途中下車可の往復・三浦半島バスフリー切符、選べるまぐろ御食事券、レジャー施設利用券がセットで3060円。
今回は、私のおもてなしで二枚購入した。
翌日23日も雨とのことであったが、ひどくない限り、走って行くこと。無理だったら、家人と一緒に電車で行くことを話し合った。
その後、11時過までルートを調べたり、荷物の準備をしたりして、横になった。
深更2時半、二度目の目覚ましで体を起こす。ベランダの外を見やるが、冷たい雨が降っていた。それでも、行くことにする。
着替えて股と乳首にワセリンを塗り、乳首には更にバンドエイドを貼って擦過傷を予防する。
それから、まだ眠る家人に旅立つことと、荷物をお願いすることを伝えて部屋を出た。
疲れたらいつでも電車に乗れるように切符を、記録用のカメラを、走り用の地図を、携帯電話を、現金一万円余りを携行した。
ストップウォッチをスタートさせたのは3時20分、一歩を踏み出した。
程無くして多摩川の土手に上ると、真っ暗で誰も走っている人はいなかった。時折、自転車とすれ違ったりしたので、シューズに付けたLEDライトが役立った。
六郷橋を渡ると川崎市、続いて横浜市になり、鶴見、生麦、子安、を通りみなとみらいに入る。
横浜は綺麗な町だった。街路樹の緑がモダンなオフィスビルを落着いたものにしている。ポートサイド中央では立ち止まり、夜景を写真に収めた。
ランドマークタワーを横目にして、桜木町駅を通り過ぎたあたりから、空が白み始めて来た。
何度か強い雨にも打たれていたので、明るくなって来ただけで、何だか心が温まるのだった。
日ノ出町駅、黄金町駅を過ぎ、地下鉄吉野町駅前を左折すると国道16号に入る。横須賀街道とも呼ばれるこの道の初めに、再び強い雨に打たれるが、もう気にならなかった。
やがて磯子区の標識を確認したあたりから、鴎の姿とその声が、海の近いことを知らせてくれた。
道が京浜東北線の根岸駅と磯子駅の間にぶつかり、右折すると16号線が続いて行く。程無く磯子駅であった。そこで家人から電話があった。独りで走る身には、身近な人の声が温かく感じられ嬉しかった。
その後、道は切符の使える京急線と並行して続いて行く。
京急富岡あたりから上り下りが多くなり、多くのトンネルをくぐらねばならなかった。
金沢文庫で丁度8時、4時間40分経過、走行距離32km、家人より再び電話があり、「いまから家を出る」とのことであった。着替えなどを持ってきてくれるので本当に有難い。
更に進み、追浜(おっぱま)で35km、さすがに足はもちろん、全身に疲労が回り始め、ペースが落ちているのが感じられた。
京急田浦、安針塚(三浦按針という人物にちなむということを後で知るが、その時は安い針とは何なのだろう、と首を傾げていた)、逸見を過ぎて、横須賀駅脇を過ぎる。まだ川崎を走っているとき標識に、『横須賀 37km』の文字を見て、本当に行けるのだろうか、と自信が無くなりかけたので、何だか感慨深かった。
汐入を過ぎて程無く右折する。県道26号線である。横須賀から三浦半島を結んでいるここをひたすら南下すれば、目的地の三浦海岸に着くわけである。
長い坂を登ってゆくと横須賀中央駅があり、近くのベンチにはラッパを持った異人の像が座り、ここが港町であることを感じさせてくれた。
衣笠十字路まで4kmという表示があったが、中々着かなかったのはペースが大分落ちていたからだろう。疲れもたまり、ようやく十字路が見え始めた所にバス停があり、三浦海岸まで行く路線も記してあった。心が揺らいだが、どうせなら切符を使える京急線の駅までは行こうと思った。
十字路に交わる県道27号線を左折すると、久里浜まで4kmと表示があった。4kmなら行ける、とそこを自分の中のゴールと決めた。
途中缶ビールを飲んでいると、ローソンが店頭でおでんを売っていたので、一本70円のつくねと牛すじを購う。普段は何とも思わないコンビニ物であるが、旨さが腹の奥にまで伝わるのが感じられた。あっという間に平らげ、店の人に久里浜までの距離感を尋ねると、かなりあるとのことであった。でも4kmだったら、大したことないだろう、と再び走り始めた。
国道134号に出て、すぐ左には北久里浜駅があったが、右折して京急久里浜を目指す。すると、また強い雨が落ちて来た。きつかったが、止まると逆に足の痛みを感じるので、ゆっくりでも歩を進める。
久里浜港手前で、134号線は右に折れる。
そして、久里浜交差点を真っ直ぐ進んで行くが、何だかおかしい。歩いていたおばちゃんに道を尋ねると、交差点を折れるのだということを聞き引返す。そして、スタートから8時間15分経過した11時35分、京急久里浜に到着した。総走行距離51.6km。あと8~9kmくらいで三浦海岸であったが、家人も待っているし、やめることの大事さもある、と自分を納得させた。
駅のATMで作業をしていた方にお願いをして、記念写真を撮って貰った。
10分程待ち、快特三崎口行きに乗ると、缶ビール片手に色々なことが頭
をよぎった。家人の有難さ、走ること、一日50km走れること、旅のことなどなど。
正午過ぎ、三浦海岸に着す。
家人の待つマホロバ・マインズ三浦へ急ぐが、丘の上に立っているようで、オマケのつもりで再び走って螺旋状の道を駆けて行った。
レジャー施設利用券を出して、二階の休憩室に行くと、家人がくつろいでいた。他に三人の婦人も横になっていたので、会釈をした。雨に煙る窓外には水平線が広がっており、海まで走った実感がこみ上げてくる。
大浴場で汗を流す。ナトリウム温泉であったからか、幾分疲れがほぐれたように思われた。
その後、ホテルのシャトルバスで駅に戻り、すぐ近くの「廻転寿司 海鮮」に赴く。誰も客がおらず旨いんだろうか、と訝ったが入店することにした。まぐろ切符を出すとサービスでグラスビールが一杯ついており、喉を潤していると、握り十二貫が目の前に並べられた。大トロ・中トロ・ビンチョウ・軍艦二貫(まぐろの味噌ゼラチン・まぐろの肝)・地魚六貫。
一口食べた瞬間、その鮮度の素晴らしさにお互い目を丸くして驚き、喜びが広がった。普通に喰ったら1500円以上するだろうし、3060円の切符の値段の中にこのメニューは本当にお得である。正直、安いからと期待していなかったのだが、いい意味で期待を裏切ってくれた。あとで知ったが、三浦海岸・三崎エリアの食べログで一位にランキングされていた、納得である。
そのあと、電車で三崎口まで行き、そこからバスで三崎港まで赴いた。
時計は四時半、「うらり」という直売所に行くが、冷凍のまぐろがたくさん売っているのが主で、私達に魅力を感じるものは無かった。
せっかくなので何か食べて行こうということになり、色々と見て回ったが、寒い為かどこの店も閑散としていた。迷っていると、呼び込みのおばちゃんに声を掛けられた成り行きで入ったのが、「三崎 海楼」であった。
店の雰囲気は、黒を基調にしたモダンな雰囲気で、清潔感も感じられた。いくら丼に目が行ったが、まずはお酒をと思い、一品料理を頼む。
・マグロの酒盗は店頭販売の既製品で、こだわりが無い。
・酒は、一合550円といい値段だが、130mlくらいで、味は紙パック酒のようなもの。
・マグロの山掛けは、とろろで色合いは見えなかったが、口に入れると筋が気になり生臭く、鮮度が無い。
・サザエの壺焼き、大好きなので期待していたが、小さなものが一個だけ、肝を期待していたが、入っていなかった。これで1,000円。スーパーで買ってきて、ときどき自分で作った物の方がよっぽど旨い。
何かもう一つと思ったが、家人に止められたので頼まなかったが、これ以上お金を使わずに済んでよかった、と自分を納得させた。
あと、スキンヘッドの店主が、タバコを吸い始めたのに愕然とした。私たちは吸っていないのである(私は禁煙して丁度5か月)。たとえ客が吸っていても、客の前で吸ってはいけないと思う。接遇、マナーというものを全くわかっていない。
店を出た後、本当に、いくら丼を頼まなくてよかった、と家人に感謝した。
こういう店が、その土地のイメージを悪くしてしまうのだろう。三崎にとっては本当に気の毒なことだ。
時計は5時前、バスで三浦海岸に戻り、快特品川行きで帰途に就く。途中何度も舟を漕いでいたが、さすが京急の誇る快特である、一時間で蒲田に到着した。すぐに空港線が来たので大鳥居に戻ることが出来た。
歩く道すがら「立喰い蕎麦 どん八」に入り、天蕎麦を肴に瓶ビールと日本酒で呑み返す。揚げたての搔き揚げ・ちくわ・春菊はかりっとしてとても旨かった。
山を越えて、本当に海まで走って行ったぜいたくな遊び旅、家人も喜んでくれたので嬉しかった。
つぎは、どこまで走って行こうか、そんなことを考えながら寝に就いた。
※昨日の走行距離51.16km 今月の走行距離123.61km









