なんと 昨今の歴史問題の発端は 日本人の偏向報道(特亜工作員だと思ってますが)
から始まったんです。

多くの人に知ってほしいですね。 拡散希望します。


コピーペーストで 御自分のブログに貼り付けるもよし

口コミで機会あるごとに この真実を伝えてください!


この世界的 冤罪を はらすのは みなさんの拡散による 日本国民の意識変換と

安倍総理を応援し 反日と戦う姿勢を世界に見せることです!






おさらい歴史問題は日本発H19 3 21
http://www.youtube.com/watch?v=awvE5zLfQf8&feature=youtu.be




歴史問題
1,南京事件
2,教科書
3,靖国神社
4,慰安婦



1,南京事件問題
今につながる南京問題の発端は
昭和46年8月 朝日新聞連載 本多勝一記者の「中国の旅」から
それまでは、中国でも取り上げられることはなかった。

中国の歴史教科書に「南京大虐殺」の記事が出てくるのは
1979年(昭和54年」から。
南京大虐殺記念館の建設は1985年(昭和60年)だった。


2,教科書問題

発端は昭和57年の教科書誤報事件

文部省記者クラブの日本テレビの記者が、世界史の教科書の検定で、
原稿に「侵略」とあったのを「進出」に書き替えさせられたと誤った報告をした。

それを各社が確認もせずに一斉に報道し、中韓両国の反発を招いた。

しかも事態ょ致命的に悪化させたのは、当時の鈴木善幸政権の対応だった。
当時の小川平二文部大臣が国会で「書替えの事実なし」と明確に答弁(同年7月)
したにもかかわらず、
宮沢喜一官房長官談話を発表し、教科書検定において中韓両国の主張に配慮することを表明。

その談話の実効化を図るべく検定基準に「近隣諸国条項」を追加して、両国の
干渉を恒常化し、制度化する受け皿を作ってしまった。

教科書問題は日本のマスコミ各社の誤報に端を発し、鈴木政権が対応を誤ったことで
長期にわたる国際問題になってしまった。


3,靖国神社問題

首相の靖国神社参拝が国際問題化したきっかけは?

昭和60年8月15日の中曽根康弘首相の参拝に対し 『朝日』の加藤千洋特派員
中国の抗議を引き出そうとしたとしか考えにくいような記事をしきりに流し、
さらに社会党の訪中団が中曽根政権の「危険性」を大いに吹聴したため、
8月27日になって初めて中国政府要人による参拝への非難がなされた。

これ以前、いわゆる「A級戦犯」が昭和53年秋の大祭で合祀されてからでも、
歴代首相がすでに20回参拝を繰り返し、その間、中国は明確な抗議をしていない。
中国の抗議には何の説得力もないのだ。

にもかかわらず、ここでの中曽根首相は、中国の胡耀邦総書記に配慮して
靖国参拝を取り止めてしまう。

吉田茂首相以降、戦後の歴代首相がほぼとぎれなく行って来た英霊への参拝が
ここで中断し、しかも中国に靖国問題という外交カードを手渡してしまったのだ。

靖国問題は『朝日』と社会党の連携プレーで中国の攻撃対象とされ、中曽根首相の
腰砕けによって長期にわたる厄介な外交カードに転化したのだ。


4,慰安婦問題

平成3年8月11日『朝日』の植村隆記者が不明瞭な捏造記事のスクープをおこない、

謝罪路線に走った宮沢喜一内閣で慰安婦の強制連行を立証する確かな根拠が
一切ないにもかかわらず、河野洋平官房長官談話(平成5年8月4日)で
強制を認めたことで、慰安婦問題は国際的に固定化してしまった。

平成8年には中学校歴史教科書会社で慰安婦の記事が登場。
しかし「新しい歴史教科書をつくる会」などの取り組みによって、
現行の中学歴史教科書で記事に取り上げているものはゼロになった。




毎日一回クリックお願いします。多くの人に日本の一大事がつたわりますように !

にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 政治ブログ 政治情報へ
にほんブログ村