
Jさん(64)は、小さな同族企業の常務。数年前、一線を退いた創業者のばか息子が社長になり、番頭役を任されていた。
若社長は仕事には興味がなく、取引先の社長とゴルフをすることが自分の仕事だと思っている。それをおだてて働かせるJさんのストレスは大きい。落ち込む業績とは裏腹に、酒とたばこの量は右肩上がりだった。
ある朝、歯を磨いたJさんは、口に締まりがないことに気付く。口の端からよだれが垂れている。以前雑誌で読んだ「脳梗塞の症状」を思い出し、妻に事情を説明しようとするが、普通にしゃべることができない。
救急車で病院へ。検査の結果はやはり脳梗塞。以前から高血圧と動脈硬化を指摘され、数日前には血便も出ていたJさんに、血栓溶解剤を使うのは危険だ。血管内にカテーテルという管状の器具を挿入し、血栓を吸い取る治療が行われた。
「4年前に保険承認されたペナンブラと呼ばれる技術です」と解説するのは、東京警察病院脳卒中センター長の佐藤博明医師。血管内治療の最新技術の1つで、機械的な血管内治療の中でも安全性の高い技術だという。
佐藤医師はJさんの脳梗塞の背景に、ストレスの存在を指摘する。
「ストレスが血栓を作ることは考えにくいけれど、もともと動脈硬化などの素因がある人が、ストレスから酒やたばこに走ると、それが血管を収縮させて、発作を誘引する危険性はある。糖尿病などの基礎疾患がある人も要注意です」(佐藤医師)
幸いにもJさんは、早期治療とリハビリが功を奏し、日常生活に支障が出ないまでに回復した。
しかし、Jさんは言う。
「せっかく治ったけれど、会社は辞めるつもりです。若社長の子守で自分の寿命を縮めるなんてばかばかしいですよ」
一方、事の重大さに気付いていない若社長は、Jさんの復帰で、「ゴルフざんまいの日々再び-」と喜んでいる。たしかにこんな会社、早めに逃げ出したほうがよさそうだ。 (長田昭二)