うける工夫 バンドで必死に…国本武春さん | 国際そのほか速

国際そのほか速

国際そのほか速

うける工夫 バンドで必死に…国本武春さん 

浪曲師

 

  • 国本武春さん(清水敏明撮影)
  •   教育熱心な祖母の勧めで、千葉県成田市の私立成田高校付属中学校に入学しました。

      だが、授業についていけず、2年生の時には勉強に身が入らなくなっていました。

      ある日、立ち寄った本屋で、人をせき立てるような速いテンポの音楽がかかっていました。「何だ、これは」。それが米国生まれの音楽「ブルーグラス」との出合いでした。演奏にはフラットマンドリンやギターなどを用います。

      当時10万円ぐらいしたフラットマンドリンを祖母に買ってもらい、毎日、夕食が終わると、テレビも見ずに自室に引っ込んで曲の練習。成田高校に進むと、今は俳優をしている同学年の海宝弘之君(54)と「寿ブラザーズ」というバンドを組み、文化祭や卒業生を送る会で演奏し、老人ホームの慰問もしました。当時30歳代だった担任の大野芳美先生(68)は「好きなことをやれ」と応援してくれました。

      しかし、お年寄りに英語の曲はうけないので、銭形平次や水戸黄門の主題歌も弾きました。平次のまねをしてギターのピックを投げるなど、演奏を聞いてもらおうと必死でした。

      両親とも浪曲師でしたが、浪曲には全く興味がありませんでした。演劇を学んだ専門学校時代、寄席に通い始めると、浪曲の魅力に気づき、一生の仕事にする決心をしました。

      今は古典だけでなく、ロックやバラードも交えて三味線で弾き語りを演じるなど、若い浪曲ファンを増やそうと頑張っています。中高時代に一生懸命練習し、いかに聴衆をひきつけるか、工夫した経験が今に生きているように思います。(聞き手・石塚公康)

    プロフィルくにもと・たけはる 1960年千葉県生まれ。81年浪曲師となる。東京・浅草の木馬亭などに出演。12月6日、「国本武春の大忠臣蔵」を東京・亀戸文化センターで開く。

     

      (2014年9月11日付読売新聞朝刊掲載)