一時帰宅 朽ちた古里 | 国際そのほか速

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一時帰宅 朽ちた古里 住人のいなくなった一軒家は、障子が破れ、背丈ほどの雑草が庭を覆っていた。

  「あ、シャクナゲ」

  • シャクナゲだけが咲いた庭。「楽しみに植えていたのが、だめになっちゃった。欠かさず手入れしてね、きれいだったんだよ」。秀子さんは力なく歩み寄った(5月10日、福島県大熊町で)
  •   根本秀子さん(87)が庭の一角を指さした。何もかもが荒廃した風景に、燃えるような赤い花。ここが確かに住み慣れた我が家だと、教えてくれていた。

      長女夫婦の車に乗せられて、秀子さんは5月、2か月ぶりに福島県大熊町の自宅に一時帰宅した。福島第一原発から3キロ。一帯は、除染の汚染土などを保管する中間貯蔵施設の候補地に入っている。空間放射線量は毎時18マイクロ・シーベルトで、国の基準の78倍を示す。

      防護服にゴム手袋、厚めのマスク。「情けない」と秀子さんは口癖のように繰り返した。「こんな格好しなくちゃ家に帰れないなんて」

      居間の押し入れから写真がぱらぱらと落ち、拾い上げた。ひ孫たちの七五三のすまし顔。ひなまつり。こっちは若いころ参加した綱引き大会……。

    •   「ばあちゃん、持って帰れないよ」。娘の友子さん(66)が後ろから声をかけた。屋根にあいた穴から風雨が吹き込むため室内も線量が高く、いまだに日用品ひとつ持ち出すのもままならない。秀子さんは黙って写真を戻した。

        仏壇には位牌(いはい)も残されている。秀子さんは今でも、この家の夢をよく見るという。見慣れた畑や庭に、亡き夫がたたずむ。義理の父も出てくる。「留守番をお願いします。新しい家ができたら迎えに来ますから」。声をかけても、返事はない。

        いつか新居を構え、位牌を迎えたところで、夢に出る先祖たちは、古里にとどまる。秀子さんはそんな気がしてならない。

        文 高倉正樹/写真 岩波友紀

      • 秀子さんの部屋に置かれた孫とひ孫の写真は、ほこりをかぶっていた

         

        • 先祖のお墓に手を合わせる友子さん(右)と夫の充春さん。頻繁に来られないため、造花が供えてあった

           

          • 地域の神社を片づける充春さん。「ばらばらに避難している住民にとって、神社は永久に心のよりどころ。絶対に残したい」と話した

             

            • 根本さんの自宅近くから見える福島第一原発