整心療法研究所(埼玉県上尾市・大阪市・和歌山市)のブログへようこそ。

従来型の精神分析(無意識を意識化する)を凌駕し、新しい観点から人間の精神にアプローチする方法を研究・実践中です。


今日は<strong><font color="blue"><span style="font-size: x-large;">《 求めることだけを与える》</span></font>に</strong>ついて書きます。


親は子どもに出来るだけのことをしてやりたいと考える。その時代に合わせて必要であろうとされることを片っ端から与える。

それぞれの家庭の事情や考え方があるので、それを否定するつもりはない。


しかし、それでいいのかと考えている。


先日、ある人から聞いたこと。

「子どもは知らないことが多い、だから色々やらせてみることが大事。その結果、◯◯ができるようになった。」


確かに1つ出来ることが増えたのだから良しと言えるかもしれない。

だからどうだといいたい。

それはもしかしたらその人の良しではないのか。

はたして当の子どもはどう思っているのか。


知っている、できることの多少より、その子が興味を持っているかどうかを大切にしたい。

興味を持てば人は動く。そして自発的に必要な知識を身につけようとする。

知識は単独で存在しているのではない、次から次へと繋がり広がってゆく。

その結果、1つのことから始まったのにいつの間にかあれもこれも知っている、出来るとなる。


沢山の知識を蓄積することを目的にするより、興味のある1つを目的にする方が子どもにとって喜びや楽しみが多いのではないだろうか。


今興味のある1つがないなら、静観すること。

焦って与えないこと、求めてもいないことを与えない、提案しないこと。

そのうちに必ず掴む。


この姿勢でいれば、必ず子どもは自らの手で掴む。



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今日は<strong><font color="blue"><span style="font-size: x-large;">《 自分の描いていることについて語っている》</span></font>に</strong>ついて書きます。


「お母さんってどんな人ですか?」

こんな質問をしてみた。

答えは様々。ところが、全く違う答えが返ってくることが多々ある。

どうして?

それには2つ考えられる。

1つ目は、お母さんの違う側面を表現している場合。

2つ目は、答えた人(以下Aさん)にはそのように見えている場合。


ここで考えてみたいのは2つ目の場合。

Aさんが描いているお母さんのイメージ像は◯◯だということ。

それは、これまでのお母さんとの関わりの中で集積したデータからAさんが描いたお母さんのイメージ像。


つまりAさんは、Aさんが描いているお母さんのイメージ像を通してお母さんを見ている、語っていると言える。

とすると、お母さんその人ではない可能性もある。Aさんが描いていないお母さんもいる可能性もあるということ。

もっと広げて言うと、語る人の数だけのお母さんがいるということ。


このように考えてみると、人は自分勝手にお母さんのイメージ像を作ってその像について語っているということになる。

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今日は《 身体からのメッセージを聴く》について書きます。


幾度となく書いていることではあるが、身体は無意識からのメッセージをよく反映している。

子どもからお年寄りまで年齢に関係ない。

ただ、大人はその声を何かで紛らし、置き換えて生きている。

時にはそれも適応するためには必要。

ただそれに気づいてコントロールできるかどうか。


少なくとも体調を崩してしまった時には、少し立ち止まり自らに問いかけてみるといい。

そこには何らかの疾病利得があるのではないかと。

そして、このままでまだやっていけるか、他に対処の得策がないかどうか。


身体からのメッセージを無視し続けるとやがて無意識からのしっぺ返しにあう。


最近では長野県の阿智村の星空ツアーが話題になっているとか。

自然は瞬時に非日常の世界へと誘う。

そこに身を置くだけで癒されるという人が多い。

身体が喜んでいるといえないだろうか。

日々いかに身体からのメッセージを聴かずに生きているかを実感するひと時でもある。


自然は偉大な精神分析家として機能する。

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今日は《 不安を減らす》について書きます。


不安は人間であるがゆえに湧き上がってくるもの。言葉を使うから想像してしまうもの。

言葉を覚えてしまった私たちには、今さら言葉の世界から抜け出すことは不可能。


では、想像を止める方法は何か?

それは行動すること。


人は考えている時には行動が止まる。

考えることと行動することを交互にしているもの。

時には考えながら行動しているという人がいるかもしれない。

それは考えることと行動することが瞬時に交代しているから、そのように感じているのではないだろうか。


とまれ、不安は行動せずあれこれ想像している時にどこからともなく湧き上がってくる。

ならば、まずは行動してみる。

行動すれば何らかの結果が出る。

その結果に対して考え、次の行動に繋げる。

この繰り返しの中に、いつしか不安は姿を消す。


もちろん、不安は尽きることはない。

だがこの繰り返しを重ねて人は生きていくのではないかと思う。

思いついたら即行動。

そうすれば、今の不安はきっと軽減するだろう。



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今日は《 追い詰めないために》について書きます。


自分も他者も追い詰めないために、まず自分を許すこと。『今はこれでいい』と自分に言ってあげること。


真面目と言われる人ほど自分に厳しく、自らが描く理想の姿から今の自分を見て判断する。

理想から見れば、どんな自分もいつも駄目な自分となる。どこまで努力しても永遠に理想の自分には辿り着けやしない。

そこから自分を責めるエネルギーが生まれてくる。それが許容範囲を超えた時、外に向かえば広義の意味で暴力となり、内に向かえば自傷となる。


ゆえに、自分に厳しい人は人にも厳しくなる。

ただ、それを出すか出さないかの差は人それぞれ。


理想の自分はどこにも居ない、未熟で未完成な自分を「今はこれでいい」と許してあげましょう。


ゆるす→ゆるやか→ゆとり→ゆったり→ゆたか→ゆめ→ゆうき→よゆう

全部「ゆ」が入っている。


湯に入れば温まり、硬く閉ざされた身体も心も次第にほぐれてくる。

そうすれば、自らが描く世界はきっともっと広がることだろう。