生きづらい幼少期だったな。

よく頑張った自分。

泣かない我慢強い子だったよ真顔DASH!

 

私のアホな経歴記事

下矢印下矢印下矢印

 

 

 

 

 

 

それでも

1回だけ泣いている自分の記憶があったガーンアセアセ

 

 

たぶん4歳~5歳?

親の前に立たされてシクシク泣いている汗汗汗

 

 

 

なんで泣いているのかは忘れていたけど

私が大きくなった時にふと親が言った一言炎

 

 

 

 

 

「あんたは本当に泣かない子だった。

だから泣くまでたたいたことがある真顔

 

 

 

ポーンポーンポーンメモ

泣かないから泣くまで叩いたの?

どういうことーーームカムカ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ま、こんな感じで

大人を信じられなくなった私は上差し

 

 

下矢印下矢印下矢印炎炎炎

 

 

小学6年生で

「一人で生きていこう。」

そう決めた。

(*実際はめちゃめちゃ扶養だったけど、気持ちは一人で生きてた)

 

 

 

 

 

 

だから中学生になったら女性トイレ

自分の思う通りに生きよう!

本当の自分になろう流れ星

 

ってその時思った真顔18禁

 

 

 

 

 

でも子供だからくちびる

手始めに考えたことは、

 

 

「よし、まずは運動部に入るかデレデレグッお祝い

だった笑

 

 

 

 

 

 

小学校の時は「珠算部」

(わかります虫めがね?)

マイナー小学生代表の部活。

(やってる人いたらメンゴお願いお願いお願い

 

 

 

しかも体育の成績もしかとったことがないチューもやもやバツレッド

至って普通、いや普通以下の目立たない子。

 

 

 

でもマイナーグループ(その時の友よスマン)のなかでは、めちゃめちゃおしゃべりルンルンで笑わせていた自負も多少あったグッうずまき

 

 

 

 

 

 

やっぱ人間、

節目ロケットって大事なのよね桜桜

 

 

 

 

小学生から中学生になるその瞬間卒業証書

私は次元を超えたのだUFO走る人UFO

 

 

 

 

変わることを望んで、

行動した真顔ロケット

 

 

 

 

 

 

 

たまたま私が入学した中学校に、

新規の運動部テニスができたと聞いた。

 

 

 

もともとない部活だったから、

顧問の先生が私の中学に転勤してから、

ずっと創設したいと申請し続けてくれてたらしい。

なんと6年間笑ポーン

 

 

その新設された「運動部」に私は入部したアップ

 

 

 

入部した同級性はだいたいが元運動部日本国旗

ミニバスやら陸上やら水泳やら波

 

 

 

 

 

 

でも、そんなの関係ない流れ星

 

だって、私がきめたから富士山!!音譜

 

 

まわりが運動部だなんて、何とも思ってなかった。

 

っていうか、気付いてなかった笑

 

 

 

 

 

でも、顧問の先生が実は「実力校」の出身でして

 

私たちはみるみるうちに成長ベルアップアップアップアップアップ

 

 

 

 

 

なんと創設2年目、

私たちが2年生の時には県大会の団体戦で優勝してしまった。

 

 

 

 

 

団体戦当時レギュラーは7名。

 

その中になんと私もいたのだ。

 

さらに言うと、トップクラスの実力グラサンクラッカークラッカークラッカー

(自分で言うか笑)

 

 

 

 

そして、みるみる自信をつけ爆弾

 

高校は特待生で、

入学金はもちろん学費も無料、

部活にかかる道具も

スポンサーから提供されるような選手になり、

 

 

全員が特待生で構成されているなかで、

1年生で唯一団体戦レギュラー拍手

 

 

その流れでインターハイにも出場し、

 

3年には「部長」にキラキラキラキラキラキラ

 

 

 

 

 

 

もちろん、死ぬんじゃないか

って思うくらい頑張った波馬波馬

 

 

合宿の筋トレはあまりにきついと、

勝手に涙があふれてくるんだよ。

 

 

必死にガマンしたけど、

他のメンバーはみんな泣いていた。

 

 

だから私は泣かなかった(泣けなかった)えーん

私が泣いたら

「誰も耐えられないトレーニング」とみなされ

「やれない理由」をつくってしまうからだ。

 

 

その時は、みんなのため?に頑張った。

 

 

 

 

そんなこと考えながらトレーニング走る人していた中学生

 

 

 

 

体力的にも精神的にも、

徹底的に鍛えた学生時代。

 

 

 

 

 

 

6年生の時に決意した

「私は変わる」っていう想い、そして行動。

 

 

 

本当に人生が変わった虹キラキラ虹キラキラ虹

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、

 

 

 

私は人生は「思った通り」になるのを知っている。

 

 

 

当時は「頑張れば」

何でもできる叶えられるおすましペガサス乙女のトキメキ

と思っていた。

 

 

 

今思うことは、

「頑張るから」できるという意味ではない、

望んだふんわり風船星からできた。

 

 

 

そう、

望む世界は、

自分が決められるおすましペガサスゆめみる宝石ふんわりリボン

人生は自分が創っているのだ!

 

 

 

それが「腑に落ちる瞬間」が私にはあった。

 

それだけの話うずまきキャンディ