私は、病弱だったことから幼少期から「死」について考える事多かったんだけどね、
丹波哲郎だっけ?
死後の世界の事を詳しく確信を持って語ってたお方・・・・
あの人は変人だと思ってる。
三途の川を渡ろうとしかけたって人もいるけどね、
実際に死んだ事がある人なんてこの世にいないんだよね。
確信的に死後の世界を語る人達はそれぞれの宗教観によってあったりするけど、実際に死後の世界が宗教別に分けられてるわけもないと思うし・・・・
「~~~だったらいいな」的な事を夢に願いながら、何気なく流しちゃうよね。
ちなみに、しょっちゅう書いてる義父の病気、ALSという悪魔が作った病気、ジワジワと筋肉が退化して動けなくなる、どこの筋肉からダメになるかは個々にお任せで、どの道寝た切りになる。
でも、人工呼吸器を必要とせまられた時には選択の自由が与えられる。
装着するか否か・・・・生か死か・・・どっちがいいの?苦しみながら生きるのと、死んでしまうの・・・
そこで装着をしない、を選択する人も多いという。
医療従事者でその病気を知る人は、癌よりも何よりも怖い病気だと言う。
でも、どっちがいいの?天国ってどんなとこ?
義父は危篤になった時、呼吸器などつけてほしくなかったけれど、家族とちゃんと相談をしていなかった事もあって、危篤状態の中おおもめになった。
意識混濁の中、ひたすら必死に首を横にふる義父、延命はしたくなかった、でも結果的に呼吸器をつけてしまって、その後の後悔のしようは見ていられなかった。
それからは、義父は常にいつもどうやったらできるだけ早く逝けるか、と考えてばかりだった。
それを一番近くで一番たくさん聞いていた私は、いつも一緒に涙するしかなくて、ただ身体をさすってあげることしかできなくて・・・
こんなにつらいのに、延命して良かったのか・・・・さっぱりわからなくなってた。
今や、ナースコールも押せなくなった。
寝がえりはおろか指先はピクつかせるのが精いっぱい、センサー式のナースコールになった。
そしてある時、大量の吐血をして、家族が呼び出された。
私達も、ついに来たのか・・・・と思うと同時に、本人もやっと来たか・・・やっと逝ける、と思ったようだった。
でも、病院なのでそれを放置するわけにもいかず、原因を色々検査する。
苦しい検査の結果、重篤な物ではない、けれど、しばらく腸を休めないといけないから絶食を宣告される、唯一まだ嚥下機能は退化していなかったのに・・・病室の中で唯一口から物を食べられる人だったのに、それすら奪われ点滴の日々が一か月以上続き水すら口に入れる事は許されなかった、今は進歩があったものの鼻から流動食を胃に流し込んでいる。何の喜びもない。
日中は、お腹の不調を訴えつらそうだからという理由から安定剤で眠らせられて、病院に行っても寝ぼけた状態。
現実逃避のように安定剤で眠っている。
本人も「またしても逝きっぱぐれたか」と絶望していて、もう笑顔は全く消えた。
今私は、喉風邪に娘の嘔吐下痢も若干絡んだ感じで、胃もムカムカする。
起きているのも辛くて横になりながら、義父の事が頭をめぐったんだ。
今の自分、このまま胃がムカムカしたまま、もしも自由に飲み物に手を伸ばす事もできず、一ミリたりとも動けなかったらどんなだろう????って。
義父は、喉に穴をあけて人工呼吸器をつけているから、痰が溜まって一日に何度も苦しくなりその都度ナースコールをしてナースを待つ。
痰吸引も上手下手があって、下手なナースは痰も完全に取りきらずさっさとどっかにいってしまう。
そうじゃなくても、毎日何回も吸引の度にオエオエする。
それでも、諦めるしかなかった。
寝た切りだと腰も背中も体のあちこちが痛いのは言わずともわかる。
それでも、諦めるしかなかった。
私は、このムカムカすらも辛いと思って薬を探す。
義父の状態、やりきれない思いとともに、義父にとって逝く事はしあわせな事なんだろうか?と
深く、深く、深く、考えた。
死後の世界が楽なところだとわかる人はこの世に誰もいないんだな~~・・・・って。
つくづく思った。
どんな偉人も、どんな研究者も、どんなIQを持ってしても、死後の世界の事だけはわからない。
ただ、わかっているのは義父は今生き地獄にいる、という事だけ・・・・
私は、何をすればいい?私は何を思えばいい?
義父と一緒に何度も泣いてきたけど、もう涙も枯れてしまったんだよね。
あと何をしてあげれば・・・
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