この一年の間で徐々に義父母から足が遠のいていった。
なんでか、自分でもよくわからなかった。
まず、病気の特性からしてそんなテンションにはなれなかった。
実家に介護に通っていた時の方が私はイキイキしていたし、なぜかその方が楽だった。
病院に入れられてからも通い続けたけども、週に4回くらい通っていたけれど、特に足が遠のいたのはむすめが中学にあがってから
私一人では病院に行っても間が持てない。
なんかそんな感じで、娘がいる時は平日でも通った。
そのうち旦那のいる土日だけになっていく。
でも、それすらも徐々に減っていった。
どうして、行くのが辛いのか、考え込んでしまった。
お世話をするのは好きなのに、誰かの役に立てた方が嬉しいのに・・・
やっと、気づいた。
私は、ここ数か月どんどん笑顔になることが難しくなっていた。
お笑い番組で面白ろければ笑っていたし、子供の顔や愛犬の表情を見ては笑顔になっていたから、自分でそのことに気づいてなかった。
人は大人になっていくにつれ、その場に応じた自然を笑顔を作れるようになる。
でも、その作り笑顔が作れなくなっていたのだ。
何かに引っ張られて笑う事はできても自主的に笑顔を作るほどのテンションをもてなかったのだ。
たとえば、病室に着く、義父母をみて「いかがですか?」とまず笑顔で挨拶するだろう。
その笑顔というのは、愛想笑いというよりも、病人に対するエールだと私は思っている。
日々、看護師達が笑顔で患者さんたちに接するのは患者さん達に対するエールだと思っている。
それが、今の私にはとても重荷なのだ。
痛いところはさすってあげたいし、カサカサなところは保湿クリームを塗ってあげたいし、髪の毛がボサボサなら綺麗にしてあげたい。
そんなおせっかいなところは性分だから変わらない。
だけど、もともと愛想笑いのできない子だった私は、大人になって作れるようになったけれど、ニコニコしながら義父母の御世話をすることができないのだ。
普段でも、無意識でいると非常に暗い顔をしている。
生命力が感じられない表情になってしまう。
そんな今の私にとって、行くことによってその場で笑顔でいなければならない笑顔を見せていないと「具合が悪いのか」と心配されるのは重荷なのだ。
確かに具合よくない。
そう簡単に笑顔作れない。
でも、そんな事言えない。
だから、だから、行けないんだった。
自分でも、どうして行けないんだ!!!って自分をせめていたけど、いっそのことサングラスと大きなマスクで表情を全部隠していれば楽なんだけど、気分が晴れるような話題なんてたまーにしかない。
話題もなーーんにもなくても良ければもっと気楽なんだ。
そんなの大人としてどうかと思うが、今の私にはそれが精いっぱいなんだ。
「お前が行かないと、心配されるからイヤなんだよ~」
と旦那には言われ、プレッシャーをかけられ苦しくなった。
自分を見つめた結論は「笑顔になれない」・・・
それと同時に気づいた事。
連休の頃、夫婦でもめたことから「そんならでてけよ!!」と言われて出て行った事があった。
初めてそれで娘と愛犬を連れて実家に身を寄せた。
しばらくして冷静を必死に取り戻してメールを送るも、無視を続けられたが、「明日は帰るからね、今日は実家に泊まるね」
そうメールを送ると、「わかった」と返事が来た。
仲直りできたようなものだと思った。
翌日、実家の両親や妹や姪にはせっかくだからもう一日くらいゆっくりしていきなよ、何度もひきとめられ。
「ごめん、もう一日泊まっていい?」とメールをすると
キレられて「それならもう帰ってこなくていいよ」
と返事がきた。
慌てて電話をするが電話に出ない。
娘が今度は携帯から電話をするが数回無視されやっと出る、それで娘が「帰ってもいいでしょ?」と聞いても、うん、と言わないようで「どうして?どうして?いいでしょ?帰っても・・・」と娘が泣きながら取りすがる。
私は涙が止まらず、顔を覆ったんだ。
すると、滅多に泣かない実母が泣いた。
「こんな幼い子供にここまで言わせて!!ひどすぎる!!」と泣いた。
実父も「お前はどういう考えだ?お前の家なんだからココに戻ってきてもいいんだぞ」
とまで言った。
私が「ダメ!!Mちゃんにとっては父親は一人しかいないんだから」と言ったんだ。
娘Mは「もう、いいよ、会うことできるなら・・・もういいよ、別れても」と言った。
母も私も号泣・・・・
でも・・・私は一時の気持ちで決断しちゃいけない、って思ったんだよ。
私は、突然ふと閃いた。
連休に行こうと言っていた場所があった。
険悪状況の中だというのに、すっとぼけて
「明日さ~、お台場いかない?」とメールした。
すると、すぐに「いいよ!わかった」と旦那からメールの返事がきた。
そうか・・・・もう一泊なんて言われてせっかくの連休中に予定してたお台場が行けなくなるから感情的にブチきれたんだ・・・
って思った。
あふぉか?????
と思うような性格も現実にはあるんです。
だから、朝食食べたら帰るね。
という私たちを実家は心配そうに見送った。
そんな事あったね。
母はそれから私や孫であるMの涙を見ると泣いてしまうようになった。
なんでも、私から折れる実情を知って、ショックを受けた。
続く。
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