2012年の韓国留学を機にブログを立ち上げて8年。
突然ですが、今日を区切りにこのブログを終了することにしました。
これまで何度も辞めようと思いながら続けてきたのは、ここに記録・発信することが自分のためになり、誰かのためにもなることがわかったこと。そして、ブログを通して良き出会いがあったり、人とコミュニケーションがとれたりすることが嬉しく、楽しくもあったからでした。
特に国際結婚のため韓国移住してからは、妊娠や出産、子育ての情報を得るツールとしてもブログを活用していましたが、情報を目にしすぎて逆に困ることがあったり、自分が本当に書きたいことを書けないもどかしさを感じることも増えたり…。
家族のために生きる時間が日常のほとんどを占める今、自分のやりたいことをやるためには何かを手放した方がいいと、なんとなく感じ始めていました。

そんな気持ちに決心がついたのは、俳優・三浦春馬さんの訃報を聞いたことが大きく影響していると思います。
彼の熱心なファンではなかったけれど、速報が入ってきてからこの1週間ずっと、彼のこれまでの活躍をいろんな記事や動画で振り返ってきました。
彼の活躍を知れば知るほど、役者として、一人の人間として、「どう表現して生きるか」ということに真摯に向き合ってきた人なんだな、と感じずにはいられませんでした。
まだ30歳という若さで逝ってしまったけれど、私の数十倍も働いて、深く濃い人生を過ごしてきた人だったのだな、と。
人と自分の人生を比べてはいけないと思いつつ、もうすぐ40に差し掛かろうとしている今、「私は自分の表現したいものにちゃんと向き合ってきたのだろうか?」とも思うようになったんですよね。
結婚して子どもができて、先輩ママたちから何度も聞いていたけれど、自分のための時間なんて本当にほとんどなくて。
今だって、夫に寝かしつけを頼んでこの文章を書き始めたら、1時間延々と息子が泣き続け、「もう無理」と夫が匙を投げたのでバトンタッチして寝室に入り、息子をなだめても泣き叫ぶので、「もうブログなんてどうでもいいや」と投げやりになり、気を取り直した夫にまた息子を託したら泣き止んだので、「やっぱり最後はちゃんと書きたい」と思い直して、続きを書いている始末…。
だけどそんな生活を言い訳に、本当にやりたいことに向き合うことから逃げていたのかなあと、ふと思ったのです。彼の生きざまに触れて。
ふと思ったその理由をここに書きそうになったけれど、やっぱりそれは別の形で表現した方が良い気がしたので、今日は最後に、三浦春馬さんと韓国の縁について記して終わりにしたいと思います。

韓国と日本では、毎年「日韓交流おまつり」という大きなイベントが開催されていて、私も2012年の留学中、ボランティアとして参加したことがあります。過去の記事はこちら→★
なんと、私が参加した翌年の2013年、三浦春馬さんがゲストとして来られていたんですね。
当時23歳だったのでしょうか。子役の頃から活躍してきた方と比べちゃいけないけど、自分が23だった時、こんなに大人ではなかった…(恥)。
韓国語であいさつをしたり、「大好きでカラオケで歌っていた」という김범수(キム・ボムス)の「보고싶다((I miss you)」を韓国語で披露したり(しかもめっちゃうまい)。役者を辞めたいと思った時の話を素直にしたり。
次の動画では、ポン・ジュノ監督の映画についても語っています。「演技という存在は、人生そのものになりつつある」とも。
2013年の日韓おまつりも、ボランティアで参加したかった!
その後、2014年秋に開かれた釜山国際映画祭にもゲストとして参加していました。
この時、私は釜山を旅していて、海雲台BIFFビーチの野外ステージで、ホン・サンス監督の『自由が丘で』に出演していたムン・ソリさんと加瀬亮さんの舞台挨拶を聞くことはできたのですが、海岸の日差しの強さにやられ、首が火傷のようになってしまい泣く泣く退散。
その後に登場予定だった三浦春馬さんの舞台挨拶は、見ることができなかったのでした。
三浦さんはこの時、上海を舞台にした行定勲監督の映画『真夜中の五分前』に出演していて、日本人の時計技師役として全編中国語に挑戦していたのですね。
そして昨年、韓国のMBCドラマ『TWO WEEKS』のリメイク版に出演したことや、アジア各国で公開された数多くの作品での活躍が認められ、ソウルドラマアワード2019でアジアスター賞を受賞していた三浦さん。
20代前半の頃から英語を学び、アメリカやイギリスへ短期留学も経験。ソウルドラマアワードでも流暢な英語で、堂々とあいさつされていました。
「ドラマやエンターテインメントはスポーツのように人々を結びつける力があると思います。隣国として私たちはときどき難関にぶつかることもあります。でもお互いにもっと理解しようと努力すれば、このような難関をいっしょに解決できると信じています。今後も作品活動を通じて、日韓の関係とアジアの国々の絆を強める役割を担い続けたい。この場に立たせていただいたことで、より一層韓国の皆さんへの敬意と愛情を持ちました」
韓国に来てから、韓国語を使う生活に疲れた時に見ては癒されていた番組、NHKの
『世界はほしいモノにあふれてる』にも出演されていました。
JUJUさんとの掛け合いが、とっても良かった。
こうして書けば書くほど、この世にもういないということが本当に惜しまれる俳優さんですが、作品は永遠です。
誰か大切な人が旅立ってしまった時、悲しみに暮れるよりも、その人が生きていたことをずっと覚えている。それが大事だということを改めて感じている今。
私も、自分にできる表現の形に向き合っていきたいと思います。
今まで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。ブログを通じて出会ってくださったみなさんも、カムサハムニダ!
追伸:
アメブロは終了しますが、HP「農あるくらし研究所」は時々更新するかもしれません。お問い合わせやメッセージなどは、HPのCONTACTからお送りください。確認でき次第ご返信します。
それでは、またどこかで🤗
2020年7月
しげを