NBA-OB訃報ノオ知ラセ×2 | 助っ人先生のブログ

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唐突ですが最近知ったNBA-OBの訃報を二件お知らせします。内一件は最近の物ではありません。紛らわしくて申し訳ない。

 

グランヴィル・「グランパ」・ウェイターズ

 

一人目はジョーダンNBA3年目のチームメート、グランヴィル・ウェイターズ。昨年3月に身罷られました。そのツルっとした頭と名前から「じいちゃん」とあだ名され親しまれたOBで、オハイオ州立大時代には主将としても活躍。ブルズでは87年にコーズィンの控えとして26試合先発しています。

 

「J.E.」ドリュー

 

二人目はポスト・マラヴィッチ時代にホークスの点取り屋だったドリュー。今月10日に逝かれたそうです。15000得点クラブの一員ながら余力を残してハードラッグ依存を振り切れずNBA永久追放となってしまった方。75年NBA新人王。

 

ウィルキンス兄はユタでPFとして肉弾戦を担うことを嫌い移籍

 

しかし、おそらくドリューはドラフトされたばかりの新人ドミニク・ウィルキンス(当時ユタ・ジャズ所属)とトレードされた二人の片割れとしてより強く認識されているのではないかと思います。そう、ユタはストックトンやマローンを手にする前に82年全米3位指名でウィルキンスを確保する機会があったのです。しかし当時のユタにはダントリーとグリフィスという小柄なワンツーパンチがすでに在籍しスモールフォワードの予備人員が必要とされなかったため、ウィルキンスはパワーフォワードへのコンバートを要求されたのだとか。双方は2ヶ月に渡り共存の可能性を模索したものの決裂。ユタ・ジャズのウィルキンスは夢に終わりました。

 

ちなみに代わりに来たドリューもすぐにドラッグで姿を消したわけではなく、移籍後2年半ほどユタのスーパーサブなどを務めエースのダントリーに匹敵する得点効率を見せつけています。本当に永久追放が悔やまれる才能でした。We'll miss you, sirs. RIP...