私の口から出た〝ジョン・クーパー″の名を聞いて、しばらく沈黙していた店主から、予想どおりの言葉が返ってきました。

「ジョン・クーパーなぁ…」

「ないですよね?」

「俺もこの仕事、30年やってるけど、ジョン・クーパーは1台しか見たことがない」

「そうですか…、無理ですよね…」

ところがその後、店主の口から、信じられないような言葉が聞こえました。

「う~ん、裏に置いてる1台だけよなぁ…」

「えっ?」

 

店主は、裏の修理工場の方へ私を案内してくれました。

そこには、数台のミニが不規則に置かれていました。

ジョン・クーパーが見られるということで、私は興奮していましたが、その数台のうちのどのミニが、貴重なジョン・クーパーなのか、見分けがつきませんでした。

「どれですか?」と尋ねると、店主は、クリア塗装が白くなり、古ぼけた、地味な赤いミニを指差しました。

 

 

それが、千載一遇のミニ、ジョン・クーパーでした。

 

ドアを開けると、運転席の右下に、車体番号が刻まれたJohn Cooper Garageのプレートが輝いていました。

トランクフードには2枚のプレート、サイドに〝S″のデカール、前後のバンパーは頑丈なメッキ角バンパー…。

 

ボンネットには、七宝焼きの赤丸の中にcooperの金文字があるウイングタイプのエンブレムが付いています。

車内には、ジョン・クーパー専用の黒革巻きのステアリングとアルミ削り出しの丸いシフトノブ。

 

ボンネットを開けるとその中には、SUツインキャブレターが備わった、ブルーヘッドの80馬力エンジンが鎮座していました。青いヘッドには、〝COOPER S″の刻印があり、ヘッドカバーには、メーカー公認のプレートも確認できました。

そして、マフラーは、ミニマルヤマオリジナルのセンター出しシングルマフラーが付いていました。完璧です。この車体には、他にもあちらこちらにスペシャルパーツが入っているようでした。

 

「エンジンはかかるんですか?」

「長い間かけてないけど…」

どこからか持ってきたバッテリーを繋ぎ、チョークを引いてセルモーターを回すと、長いクランキングと数回の息つきの後、ジョン・クーパーのエンジンが「ブォッツ!」と目覚めました。

温まっていないエンジンは、アイドリングが不規則でしたが、何とも言えない図太くて勇ましいレースカーのサウンドでした。

 

欲しい! と思いました。

これこそ、子供に引き継ぐ価値のあるミニです。

これを逃すと、手に入れることはおろか、もうジョン・クーパーを目にする機会もないでしょう。

私は、店主の方を見て、恐る恐る尋ねてみました。

「これは…、いくらですか?…」

どんな値段か、想像もつきません。

店主から、信じられない言葉が返ってきました。

「う~ん、これ、売り物じゃないのよなぁ…」

 

店主の話では、ミニマニアの友人からメンテナンスで預かっている間に車検が切れて、そのまま預かり続けているミニとのことでした。

私は、諦めるしかないのかと思いました。

「譲ってくれるか、いっぺん聞いてみたるわ…」

店主はスマホを出し、電話をかけ始めました。

長い呼び出しの後、相手がでたらしく、店主は、2~3分話をした後一旦話を止めて、私に話し掛けてきました。

「ジョン・クーパーを探してたんよなぁ」

「そうです」

店主は、また通話を再開し、ほんの数十秒で電話を切り、こう言いました。

「ええんやって。譲ってくれるんやって」

絶対に無理だと思っていた私は、その呆気ない返事に拍子抜けしてしまいました。

そして、嬉しいと思った半面、金額が心配になってきました。

ジョン・クーパーは、ネットでも中古車情報が全くなく、価格相場も不明でしたが、私の予算の何倍もするはずです。

「いくらで譲ってもらえるのでしょうか?」

「えーっと、車体が〇〇〇万円、車検と整備で〇〇万円、合計〇〇〇万円」

耳を疑いました。

絶対に300万円は超えると思っていましたが、提示されたのは、それを大きく下回る値段でした。

とりあえず、買いますと返事し、店主からオーナーに連絡してもらいました。

オーナーが言うには、本当はこんな値段ではないと思うが、ジョン・クーパーを名指しで欲しがる人がいたら、ミニ好きの自分としては、安く譲ろうと思っていたそうです。

そのオーナーは、このジョン・クーパーの他、自宅の納屋に、Morris Mk1クーパーSとMorrisスプリント、その他にも英国旧車を数台保有しているとのことでした。

「他の店なら、350万円はするやろな。走行距離が少ないからもっと高いかな。ラッキーやな。」

店主はニコニコしながら話してくれました。

 

私もニコニコしながら店を出て、自宅に向かいました。

 

(もう一回つづく)