昨年度の伊予柑の出来は天候不順とカメムシの大繁殖の影響もあったのか?
収穫量も少なく、しかも形が悪く色あいも悪い・・・まぁ食べることができるだけでも幸せだと思いますが。

収穫後は段ボールに詰めて追熟中
傷がついたものは、箱の外に出しくされる前に食べるようにしています。
昨日も傷のついたものをたべようとしたら、中には青かびが💦
カビのついた部分を切り取り、庭に出していると早速、来ましたヒヨドリ

食べ終わっても縄張り宣言をしているのか、その場を動こうともせず監視を続けます

メジロが寄ってくると、すぐさま追い払ってしまいます・・・欲深い食いしん坊です

メジロに食べさせてあげようと思い、ヒヨドリが入れないようにカバーをかぶせます

メジロはご覧のように籠の中で伊予柑を美味しそうに啄んでいましたよ

ところが、しばらくすると再びヒヨドリがやってきて監視を続けていました(笑)
今年はバードフィーダーも設置していなくのにも関わらず、小鳥たちが来てくれています。
庭で菜園の手入れをしたり、草抜きをやっているときでも近くに寄ってきて楽しませてくれます。
カメラのレンズが捕食者の目に見えるのでしょうか?
カメラを構えると警戒感の強い鳥たちは素早く逃げて行ってしまいますけどね💦
特別な記事がない場合には、庭に来てくれた小鳥たちを1種類ずつ紹介していきたいと思います。
一番数多く多く来てくれて、しかも一番警戒心が薄いのがメジロです
(例年、ジョウビタキが一番警戒心が薄いのですが、なぜか今年は・・・)
群れで来ることが多いですが、最近はつがいの場合が多いようです。
生垣のサザンカの花の蜜を吸い、桃の木の枝で休憩?虫探し?
ズームアップしてみるとくちばしの周りは花粉だらけですね
プールが休みなので、少々散歩
いつも浮いている海ではダイビングに来ている車が6台ほど止まっていました。
ダイビング中の方は7名ほどいました。 準備中の方も3名ほどいたかな?
ここは初心者のダイビングスポットでもあるのです。
(島の手前に数名浮いてる人がいるのですが、見えないかな?)
2馬力ボートで帰ってきた方がいたので、釣果を聞きてみるとヒラメ1枚のみ
魚探の反応もサッパリだったそうです。
波打ち際は比較的穏やかでしたが、沖はやはり白波が立っていたそうです。
今日はポカポカで散歩日和、蝋梅が咲き
早咲きの寒緋桜も咲き始めました
春の訪れも比較的早いのかもしれませんね。
おまけは散歩途中で見た麦畑
自宅で収穫した美濃早生大根
ん?総太り大根かな?
毎年、野菜の値が安い時に沢山出来て思ったほどの金銭的効果の少ない家庭菜園ですが(笑)
今年は野菜の値段がバカ高く、庭の菜園に助けられている我が家です。
今日収穫したのは、おでん大根・・・この大根はダ〇ソーで売られていた種(2袋110円)です
初めて植えましたが、品質は良く発芽率も食感や味も良かったです。

もう5本ほど収獲しましたが、今回の写真のものよりも長さは2倍ちょっと、太さは同じくらいだったと思います。

土が堅かったためなのか、今回のものはベリーショート(笑)

大根は普通の大根も植えています。 過密栽培ですが💦

春キャベツは収穫にはまだ期間がかかりそう

白菜もまだまだかかりそうです

ブロッコリーは少しづつ大きくなってきました

メキャベツ

カツオ菜
先日のNHK番組 ファミリーヒストリー(山崎亮太)を見ていて驚きました。

私の知っている方が出演されたのですから・・・と言っても仕事関係での繋がりですが
南海キャンディーズの山崎亮太さんの母方の祖父が務めていた会社「富田薬品」は
九州を地盤とする医薬品卸の会社です。

医薬品卸の業界は薄利多売で競争が激しく、大手は合併を繰り返し規模の拡大で競争を乗り切っている会社が多い中、富田薬品さんはお客様からの信頼を元にした強固な地盤を武器に、合併によらず医薬品卸売業界大手の一角を占めています。
当時、富田薬品さんは熊本。福岡、鹿児島の各支店に、それぞれ異なるコンピューターメーカーの製品を導入して運用されていました。(当然、稼働していたアプリケーションも別物)
私は国内コンピューターメーカーのシステムエンジニアとして働いていました。
全社統一のシステムを導入し、業務効率の向上を図るということを目指して営業活動を行い受注を勝ち取ったのです。
プロジェクトの開始から全社稼働までプロジェクトに参画しました。
3支店それぞれ別システムで動いていましたので、コンピューターシステムだけでなく業務運用や作業手順なども支店によってばらばらの仕組みを統一することは大変な作業でした。
3支店にそれぞれメインフレームの汎用コンピュータを導入し、当時は一般企業では珍しかったオンラインネットワークで接続しました。
ファミリーヒストリーにも出演されていた現在の富田薬品の富田久雄社長は当時鹿児島支店の電算部の部長さんでした。
当時は国策として、中国・韓国のIT技術力向上支援としてプログラムをできるだけ中国・韓国へ外注するよう政府から大手メーカーに要請が出されていました。
そのため一部のプログラムを中国へ発注することにして、お客様には外注先が安心して任せられる会社であるということを理解していただくため、現地に出向いて作業環境や品質管理の状況を確認して頂く計画を立てて出張計画を立てました。
詳細スケジュールや宿泊地なども決定した後に、中国でのSARSウィルスによる伝染病のバンデミックにより渡航禁止となってしまいました。
結局、外注先は韓国へと変更し、視察も韓国になってしまいました。・・・当時の自分としては中国に行きたかったなぁ・・・
その時一緒に視察に行ったのが現社長の富田久雄さんでした。
居近江のある方は是非NHK+でご覧ください。
山崎亮太さんの祖父は富田久雄社長の元上司にあたるそうです。
昨年の8月にも富田薬品の方々にお呼び頂き、熊本で一泊しました。
懐かしく旧交をお温めあいました。






















