1977年1月22日。山梨県出身。
韮崎高校時代、2年時に高校選手権に出場。
1995年Jリーグのベルマーレ平塚に加入。
フランスワールドカップでの活躍が認められ21歳の若さで
イタリアのセリエAに移籍。
28歳で新天地イングランド・FAプレミアリーグにその場を移した。
2006年7月3日、自身の公式HP上で現役引退を表明した。
主な受賞:1998年セリエA外国人選手MVP
中田英寿のプレーで特に有名なのは、パスで、そのスピードとコースは
キラーパスと称されます。
受け手が中田の意図を理解しないと追いつけない鋭いパスですね。
フィジカルの強さとボディバランスの良さでボールを溜めて。
相手を引き寄せて味方がゴール方向に走る時間を作ってラストパス。
フィニッシャーに決定的チャンスを与えるプレーを得意としています。
高校生の時からイタリア語の勉強をしており、イタリアメディアに対する会見や
インタビューは通訳を使わずに対応します。
今ではほとんどの訛りも分かる程イタリア語を身につけているそうです。
プレミアリーグへ移籍後は、全て英語で対応。
また映画「GOAL!」の主演男優とはスペイン語で話すなど
多彩な語学力をもちます。
8年に及ぶ欧州でのプレー。世界選抜試合やチャリティーマッチに出場し
世界のスーパースター選手との交流があるそうです。
ドイツワールドカップでは、対ブラジル戦試合前の入場通路で
ロナウド、ロナウジーニョ、カカらと談笑。
また、試合後倒れている中田を日本メンバーが無視する中。
元同僚のアドリアーノが慰めるシーンが見られました。
東ハトの非常勤執行役員に就任するなど、事業家としての手腕も発揮します。
2001年のコンフェデレーションズカップは、日程と所属クラブASローマの
優勝決定試合が重なったため、トルシエとの話し合いで
「日本代表として準決勝までは同行。決勝には不参加。」という条件で参加。
準決勝では激しい雨の中、チームを決勝に導くフリーキックを叩き込んだ。
決勝には参加せずイタリアに戻り、スクデット獲得の瞬間に居合わせた。
ACパルマ時代中盤の右サイドで起用され無尽蔵の運動量を示した。
しかし中田が自分のスタイル(中盤で自由に動く)に戻ることを選択。
結果。チームとしてのポジションを失い。
多額の移籍金がネックで欧州をたらいまわしにされてしまいます。
個人的に言えば中田と言う選手に魅力はさほど感じませんが。
彼がどの様なこうせきをあげたかと言えば尊敬せざるを得ませんね。
記憶に新しいドイツワールドカップではあえてチームの必要悪を演じ。
(結果として必要悪だったかどうかは疑問ですが・・・)
走って走って無言でチームを誇示するライオンハート。
最後の倒れこんだシーンではどうしてもエンターティメント性を
感じてしまいますが。それだけサッカーが好きだったって事で納得します。
日本と欧州。
いや。
世界を近づけたその功績はパイオニアの名に相応しい
日本を代表する選手だと思います。
ハーバード大学ビジネススクール進学を望んでいると噂で聞きますが・・・
彼程のビッグネームには
時間の無駄の様に感じてしまう自分は小さな人間でしょうか?
今更どんな資格を取得しようが
今の地位には一切関係ない気がするんですよね。
噂が本当なら勤勉な人なんでしょう。
第二の人生も輝く事かと思われます。
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- 村上 龍
- 悪魔のパス 天使のゴール

