『人間生きて居るほど、面倒臭いものはない』
氷川清話の中の勝海舟の言葉。
そっか。生きるって面倒くさいもんなんだ。
もちろん一年中面倒くさいわけじゃなくて、意気揚々の時もあるけど、ほとほと参る時もあるわけで。
でも、
勝海舟のような人でもそんなこと思うのだと知ると、どんな人もそんなもんかと、心安く感じる。
『それならといって、まさか首をくくって死ぬるわけにもいかず、』
確かに生きているのが面倒くさいからと、勝海舟が首をくくっていたら、
おかしい・・・
歴史観が狂うというか、
似合わない。
勝海舟ほどの人の死ならそれ相応の大義名分が欲しい気がするけど、
実際、大義名分より、ただ単に生きているのが面倒くさい、
それだけで、死を選ぶこともあるような気がしてしまう。
人はわからないと納得ができない生き物で、何かと理由をつけたがるけど、
生きることは死に値するほど面倒くさかったりもするのかも。
元々、生きることは面倒くさいことなのだと、合点がいった気がする。
あー面倒くさい!
あー面倒くさい!
と、毎日かったるい階段を登っていくうちに、
成長もするのだろうし、眺めのいい場所に出る時もあるだろうし、
その日によって急勾配だったり、緩やかだったり、
たまにつまづいて、相当に痛い思いもする。
でもたとえつまづいてその場にうずくまっているかのようにみえても、
それでも、生きているということは、
どの瞬間も、命ある限り、階段を登り続けているんだろうなあ。
大変だわ。
自分だけでなく、誰もがそうで、
自分も偉いけど、それと同じだけ誰もが等しく偉く尊い。
生きている人は、みんな偉い。偉いし、偉い思いしている。
人はどうしても、他人の評価を自分より低くしがちで、
でも、出来た人ほど、他人の評価を数割増量して正しくみることが出来るのではないかな。
西郷隆盛とはそういう人だったのではないかと。
だから簡単に「任せた!」で済ませてしまう。
西郷隆盛はともかく(笑)
近頃の私は相当に何もかも面倒くさい。
体調が悪いとかでなく、ただ単に何をする気も起こらない。寝ていたい。
多少は疲れているのもあるのでしょうけど、
ハロウィンでカボチャは買ったものの、
面倒くさくて何も作る気がせず、
結局ハロウィンケーキを買いに行くと、
どれもこれもかわいい、楽しい♪
Happy Halloween
