18日(日)に長女が結納を交わします。
色々様々な想いがありますが、最近考えるのは「慈悲・無慈悲」という事です。
私の妻の父親は、私たちの長女が5歳長男が2歳の時に、55歳で亡くなりました。
妻の二人の弟たちはまだ若く、末の弟はまだ大学生でした。
その後、二人もりっぱに結婚をし家庭を持っていますが、当時はまだでした。
亡き義父も自分の後裔をどれほど見たかった事でしょう。
心配だったでしょう。無念だったでしょう。
私の父は、その後私たち兄弟の結婚は見届けましたが、57歳で弟の子供を見ることも無く、
この世を去りました。
生前、弟たちに子どもがない事を本当に心配していました。
そして、荒波の中の会社を31歳の私と28歳の弟に託す不安もあったでしょう。
今、自分自身がそれらを見届ける立場になって、その無念さ、残念さ、心配の
気持ちが痛烈に感じられます。
世間ではもっと心残りがあって、亡くなる人もたくさんいるとはもちろんわかっていますが、
肌に感じるその二人の想いというのは、本当にこみ上げるものがあります。
後を託された私自身が、如何に人間的に成長し、安心させてあげらるかが託された者の
使命だと思い生きています。
もっともっとと欲を出すのじゃないですが、せめて慈悲があるのなら、自分の後裔の
落ち着く先だけは見届けさせてあげたかった、と思うんです。
以前にも書いていますが、私は四人子どもがいます。
その一番上の長女が結婚します。
しかし、親の務めとして末の娘の行く末を見届けるまで、なにか力になりたいと、
守っていきたいと、強く強く思うのです。
孫も見たいのは山々ですが、それを言いだせばきりがない。
孫の事は、しっかりと育て上げられる力を持った私の子供タチに育て上げると言うところで、
責任は果たせると思うからです。
だから、慈悲があるのなら、末の娘の行く末を見届けるまで、どうか私に力をお与えください。

めでたい話にしようと思ったのに、どえらい横道に行っちゃいました(苦笑)