小手先の技術や耳障りの良さ、小綺麗なもの、
それら全てを否定しない。
それなりに価値の在るものだ。
評価されて当然のものだと思う。
ただ、それなりの価値でしかないとも言えるし、
俺はあまりそれに対し、魅力を感じなかったりもする。
『本当にお前の言いたい事はそんな事か?』
前向きな気持ち、明るい未来、爽やかな人間関係。
総てポジティブなもので何もかも解決、完結すれば
それはそれは楽で楽しいだろう。
しかし、それだけが本当にお前のリアルなのか?
もっと他に吐き出して、書き出してしまいたい事が在るんじゃないのか?
そう問い詰めたい衝動に駆られる時もある。
問い詰められる相手にすれば
余計なお世話であることこの上ないので、
勿論実際に実行に移したりはしないのだが。
悪意、憎悪、嫌悪、慚鬼、快感、妄想、狂気。
俺が見たい、読みたいものは、その書き手の最も濃厚で
迂闊に寄ればあてられてしまいそうな『毒素』であったりする。
ただ、これらを文に起こすのは、
当然書き手にリスクを伴う話であるし、
俺に強制できる権利なんて無論無い。
したがって、ここで独りで吐いている。
そもそも、徒党を求める話でもないのであろう。
孤独に血を流しながら叫んでこそ、
その悪辣で醜悪なモノはようやく妖しい光を
僅かに放ってくれそうな気がする。
それでもやはり、意地悪く問い掛けたくなる。唆したくなる。
その相手が善良で純真ならばなおさら。
例えるなら、純粋な少女や真面目なキャリアウーマンが、
苦悩や葛藤に苛まれつつ、それでも必死に自分と向き合いながら、
アイデンティティを確立すべく、叩きつけるように書いた文章。
はたまた、酒や媚薬に酔いつつ、自慰行為の傍らに書く文章。
陰核をくにくにと転がしつつ、じとじとに濡らしながら書く文章。
きっと果てしなく淫靡で刺激的であろう。
読みたい。
実に読みたい。
俺は最低だ!
「凡人」という言葉が有るが、本当に凡庸な人間、
個性の無い人間などきっと皆無と俺は思う。
しかしながら、時に悪臭を放ちかねない様な個性を文面に放つ為には、
その者が真面目であればあるほど、
「程よく壊れる」為のプロセスが必要なのではないかと、
俺は考えるのだ。
最後に今一度記す。
『お前の本当に書きたい事はそんな事なのか?
排泄の如く、射精の如く書いてみる気は無いか?
その快感の虜になるかもしれないぜ?
俺は一番それが読みたいのだ。
但し、書くときは自己責任でな!』
俺は最低である。