パリの情報を集めて報告文書をしたためる、
外交文書を作成する、書簡やガゼット(新聞)
を翻訳する。そんな生活が暫く続いたが、一六
七七年の暮れになると私の身辺はにわかに慌た
だしくなっていった。
「サロンには足繁く通ってらっしゃるようで
すね。レナール夫人から貴方の評判については
聞いていますよ、年に似合わない落ち着きのあ
る青年だと」
以前と同じように司教館で出迎えてくれたア
ラン神父は、私に顔を見て愛想の良い笑顔を浮
かべた。最初こそ息の詰まる思いがしたレナー
ル夫人のサロンだったが、マリアンヌ嬢のお陰
で少なくとも苦痛では無くなっていた。が、改
めて足繁くと言われると、気持ちを見透かされ
ているようで少し恥ずかしかった。
しかし、大階段をのぼりながら、周囲を気に
しつつも既に話し始めてた神父の声は一転した。
「事態は憂慮すべき時を迎えました。
パリの教会で国王暗殺計画を匂わせる匿名の
手紙が置かれているのが見つかったのです。そ
の手紙を書いたのは貴族階級の御婦人かと思わ
れますが、知っている男が国王の暗殺を狙って
いるという内容だったそうです。女はその男の
愛人なのかもしれません。ひどく怯えた様子の
筆致であったそうですが、それも当然です。知
っての通り、国王に対する反逆罪は、計画を知
っていたというだけでも罪に問われますからね」
サン・モーリス侯爵は、窓からじめじめとし
た雨の降るパリの街並みをながめながら、私が
アラン神父から聞いた話をじっと聞いていたが、
やがて向き直ると、私に言った。
「今の話は暫く自分の胸にしまっておいてくれ
たまえ。母国に報告するにしても、話が話だか
ら取り扱いには注意が必要だ。
ところで、マグドレーヌのことは覚えている
か? 結婚誓約書を偽造して愛人を毒殺した女
だ。あの女は尋問の中で、国王の暗殺計画につ
いて知っていると匂わせている。最初は誰も本
気にしていなかったが、あの女の話は、今の話
と奇妙に符合しているということになる。
マグドレーヌはパリでは名の知れた占い師で、
毒薬や解毒剤も扱っていたそうだ。間違いなく
仲間がいるはずだ。
この事件はただの殺人事件では終わることは
ないだろう。注意して後を追ってほしい」
果たして侯爵の予言通りとなった。
暗殺計画の噂はついにルイ十四世の耳に入る
所となり、国王から事態の徹底究明の命令が出
された。この事件の捜査に対しては、軍務卿ル
ーヴォアが直接指揮を執り、捜査には異例の特
権が認められた。その捜査には、外部からいか
なる干渉を受けることも、内部からいかなる情
報を洩らすことも禁じられた。
後の一六七九年四月、この事件のためだけに
特別審問室が設けられる。
それは外からの光が全く届かない、昼でも蝋
燭の炎が灯る部屋で審問が行われたことから、
シャンブル・アルダント(灯明部屋)、或いは、
火刑裁判所と呼ばれることになる。
火刑裁判所の長官として、パリの初代警視庁
長官ラ・レニーが任命された。
パリでの魔女裁判は、一六二五年、キャサリ
ン・ブイヨンの処刑を最後として、以後は行わ
れていない。しかし、それは魔女がいなくなっ
たことを意味しない。魔女たちは人々の不安や
恐怖の中に、形を変えて生き長らえてきた。そ
して、半世紀の時を経て、再びパリに魔女狩り
の嵐が吹き荒れることになったのだ。