さすれば今宵お集まりの紳士淑女の皆様に
失礼を承知でお耳を拝借
多少の誇張や行き過ぎた言葉は退屈を
恐れる役者の性ゆえ
寛大なお心でお許しいただければ幸いに
ございます
英雄、色を好むとは古くより言われる通り
近隣諸国を従えヨーロッパの覇者となった
大王ルイが
この言葉の例外であるはずも無い
威厳と洗練を身にまとい
偉丈夫にして宮廷一の美男に成長した
若きルイに
母后アンヌ・ドートリッシュの厳しい目が
無かったら
ルイの前に肌も露わに体を投げ出す娘たち
と
今にもどんな間違いが起こることか
母后も周囲も気を揉むまいことか
しかし若き大王もやがては知る恋の味
それがかくも苦いものであったとは
恋とは不思議なもの
禁じられれば燃え上がり
手に入らないものほど欲しくなる
どんな娘も手に入るはずの若き王は
恋をしてはならぬ娘に恋をした
娘の名はマリー・マンチーニ
よりによって宰相マザランの姪に
マザランと母后は慌ててルイの結婚を画策
白羽の矢が立てられたのはハプスブルグ家
の皇女マリー・テレーズ
宮廷画家ベラスケスが腕によりをかけて描
き上げた肖像画の少女に
心奪われたルイは結婚を承諾
マリー・マンチーニとの初々しい愛は
大人たちの思惑で残酷に摘み取られた
蕾のまま花を咲かせることもなく
スペイン国境の街、
サン・ジャン・ド・リュズに
満を持して花嫁の車列が到着
哀しい恋の思い出が民衆の歓呼に
かき消される中
壮麗な馬車から肖像画の美少女とは似ても
似つかぬ娘が降り立ち
アレキサンダー大王の再来と謳われたルイ
の顔色を無からしむ
王妃マリー・テレーズ恐るに足らず
確信したのは宮廷に居並ぶいずれ劣らぬ
フランスの名花たち
寵姫の座を目指す女たちの、戦いの火蓋が
ここに落ちる
人の心とは不思議なもの
どんな女も手に入るはずの国王は
またしても恋をしてはならぬ女に恋をした
女の名はアンリエット・ダングルテール
よりにもよって王弟フィリップの妻だった
この一大スキャンダルに周囲も大慌て
当の王弟フィリップが無頓着だったのは
これ幸い
王弟は普段から女装して出歩く風変わりな
趣味の持ち主にして
お気に入りの男に心を奪われていたから
醜聞が洩れては一大事
人目を誤魔化すために当て馬を使うという
妙案がひねり出された
白羽の矢が立てられたのは
ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエール
内気で信心深く、野心を知らぬ純真な乙女
この娘なら出過ぎた真似をすることもない
禁断の恋の衝立にはもってこいと
アンリエットは考えた
この人選が致命的な誤りであったとは
その時は知る由も無く
瓢箪から駒とはこのことか
密やかに野に咲くスミレのよう
可憐な花に喩えられた
ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエール
ただの当て馬はいつの間にか本命となり
並み居る美女たちを差し置いて寵姫の座
に上り詰めた
ルイーズは他の女と何が違ったのか
ルイは彼女の中に何を見たのだろうか
権力や金に目の眩んだ女たちの中にあって
ルイーズだけが国王を一人の男として恋し
真実の愛を捧げたからか
しかし、ルイーズの心は千々に乱れた
ルイに愛される喜びと
妻子ある男を愛する罪の意識とに
翻弄されて
ルイは憂いに沈む愛人の笑顔を見たいが
ために
二人の恋の舞台となった秘密の場所
荒涼としたヴェルサイユの森に大宮殿の
建設を命じた
その狂気を愛の証として
しかし、男心は移ろいやすく
波打つ金色の髪や吸い込まれるような
青い瞳も
見慣れてしまえば神秘もなく
二人だけになると男は時間をもてあます
ばかり
ルイーズに会話で男を楽しませる才覚
もなく
真実の愛も退屈の前に色褪せる
国王を楽しませるためにはどうしたら
いいのか
その心を繋ぎ止めるにはどうしたら
いいのか
考えたルイーズは友人の力を頼った
溢れ出るような才気の持ち主にして
彼女を嫌う者さえも一緒にいれば時間を
忘れると言わしめた
フランソワーズ・アテナイス・ドゥ・
モルトゥマール
――モンテスパン夫人に
無邪気にもルイーズは信じていた
親友が、自分の恋人を盗むような真似を
するはずがない
自分の恋人が、夫も子供もいる女を欲しが
るはずはない
純真なルイーズには分からなかった
ルイは自分が欲しいものなら
手にいれなければ気のすまない男だという
ことを
アテナイスは自分が欲しいものを手にいれ
るためなら
手段を選ばない女だということを
そしてルイとアテナイスを引き合わせて
しまった
これが致命的な過ちであったとは
その時は知る由もなく