セヴィニエ夫人の手紙 (長男の元カノが起こした大事件) | アルプスの谷 1641

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1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録

 
 セヴィニエ夫人から長男シャルルへの手紙です。 
 
 この頃、シャルルは既にモーロン嬢と結婚していたのですが、元カノの
 
ガロー嬢に未練たらたらだったようです。 ガロー嬢との結婚には、ラヴァル
 
ダン夫人やラファイエット夫人が大反対して阻止したようで、そのことを
 
シャルルは恨みに思っているようです。 
 
 この手紙では、元カノのガロー嬢が起こした大事件を、セヴィニエ夫人が
 
嬉々として息子に書き送っています。 

 
 
 
1684年 8月 5日 パリにて。 
 
 
 貴男からの便りを待っている間、ちょっと面白いお話があったのでお伝えし
 
たいと思います。 貴男はガロー嬢についてはいろいろ未練がおありでしたね。 
 
彼女と結婚しなかったことを貴男はご自分の不運のひとつとして数えていま
 
した。 しかし、あなたの女友達たちは貴男の幸運に怒っていますよ。 ラヴァ
 
ルダン夫人とラファイエット夫人は貴男の喉を掻っ切らんばかりです。 
 
 ガロー嬢は良家の出身で、美人で、十万エキュもの持参金付きですから、
 
彼女と結婚して、それがもたらす恩恵を活用できないような男性なら、その
 
人は何をやっても成功できず、どこぞの哀れな男として一生を終える運命に
 
あるに違いありません。 アレーガ侯爵は気難しい方ではありませんから、ガ
 
ロー嬢との結婚は安定したものでした。 しかし、誰かがその結婚生活を破綻さ
 
せるために呪いを掛けたに違いありません。 彼女が歩んだ人生をご覧になっ
 
てください。 彼女は聖女で、全ての女性たちのお手本でした。 本当に、貴男
 
はモーロン嬢と結婚するまで、自殺でもしかねない有様でしたね。 しかし、
 
貴男はこの上なく上手くやりおおせたのですよ。 結論を聞きたいでしょうが、
 
少し辛抱してください。 ガロー嬢の若き日の美徳については、ラファイエッ
 
ト夫人がこのように評しています。 彼女は、百万もの財産であっても、自分
 
の息子に遺すよりは喜んで神に捧げるだろうと。 神は彼女の恋人であり、愛
 
の対象であり、総てがこの一つの情熱に結び付けられていました。 しかし、
 
やること総てが極端だったため、過度の情熱と燃え上がるような隣人愛に、
 
彼女の頭は耐えられなくなりました。 そして、胸の内に秘めたマグダラの
 
マリアの心を満足させずにはいられなくなりました。「砂漠における教父の生活

 

 (lives of the holy fathers of the desert)」 や 「敬虔なる悔悛した女性たち」 の
 
例を読んだ時の高揚や感動に触発され、何かすべきだと考えたのです。 
 
つまり、彼女はこうした称賛すべき物語のドン・キホーテになりたいと願っ
 
たのです。 そこで二週間前の朝四時、彼女はわずかなお金と若い召使いを連
 
れて家を出ました。 郊外で駅伝馬車を見つけるとそれに乗り込み、ルーアン
 
に向かいました。 知人に見つかるのを恐れて、髪はぼさぼさの汚らしい姿
 
です。 ルーアンに到着した彼女はインドに向かう船に乗船する手筈を整えま
 
した。 それこそ神が呼びかける場所、自らの贖罪に相応しい場所、命尽きる
 
日まで悔悛するよう地図の中から彼女に呼び掛けた場所だったのです。 最期
 
の時には、ゾシム神父がやってきて、彼女に秘蹟を施してくれるはずです。 
 
彼女は自分の決意に満足していました。 これこそ神が自分にお望みになられ
 
たことだと信じていたのです。 彼女は若い召使いに暇をやり、家に送り返し
 
ました。 そして、じりじりしながら出航の日を待ちました。 出航の遅れで空
 
いた時間、その一瞬々々を守護天使たちによって慰められていたに違いあり
 
ません。 敬虔な彼女は夫のことを忘れていました。 娘のことも、父親のこと
 
も、家族全員のことも。 そして、繰り返し自らに言い聞かせていました。 
 
「勇気を持ちなさい。 人間の弱さに負けてはいけない」
 
 彼女の祈りは聞き届けられたようです。 ついに自分の生まれ育った大陸か
 
ら永遠の別れをする、祝福の時が来たのです。 彼女は福音の教えに従い、総
 
てを捨てて、主キリストの後を辿ったのです。 
 
 その頃、家人は彼女が夕食に現れないことに気付きました。 近くの教会を
 
捜しましたが、何の痕跡もありません。 夜には帰ってくると思っていました
 
が、何の知らせもありません。 彼らは動揺し始めました。 何も知らない召使
 
いを問い詰めました。 彼女には若い召使いが付いていました。 疑いなくポー
 
ル・ロワイヤル修道院にいると思われましたが、それも当てが外れました。 
 
一体、どこにいるのでしょう。 急ぎサンジャックデュオーパスの司祭の所に
 
行きました。 司祭様はこう仰いました。 もう随分前から自分は彼女の良心の
 
世話には匙を投げている。 彼女は隠棲生活を送るという異常で過激な望みを
 
抱いていたようだ。 自分は単純で正直な人間なので、彼女の行いには巻き込
 
まれたくない。 家人たちには、もう他の誰に聞けばいいのか分かりませんで
 
した。 一日が過ぎ、二日が過ぎ、三日が過ぎ、やがて一週間が過ぎていきま
 
した。 家族はいろいろな港に使い送っていましたが、奇妙な偶然から、ルー
 
アンで、ディエップに向けて出航する瀬戸際の彼女を見つけたのです。 彼女
 
はそこから地の果てに行くつもりだったのです。 家族たちは彼女を首尾良く
 
連れ戻すことができました。 彼女は少し気を悪くしています。 旅立つはずだ
 
ったのに、・・・私は愛にこんなにも支配されるのか・・・。 彼女の秘密を
 
知っていた誰かが、計画を暴露したのです。 家族たちは大変に動揺していて、
 
この不始末をパリに出掛けている彼女の夫から隠そうとしています。 こんな
 
逃避行がぱれたら、駆け落ちを疑われるに決まっています。 
 
 夫の母親はラヴァルダン夫人を相手に涙に暮れています。 当のラヴァルダ
 
ン夫人は笑いが止まらなくて、フランソワーズにこう言ったそうです。 
 
「私は、貴女のお兄さんとこのお姫様との結婚を邪魔したけれど、これで許
 
して貰えたかしら?」
 
 この悲劇はラファイエット夫人にも伝えられました。 ラファイエット夫人
 
が楽しそうに私にこの話をしてくれました。 夫人から、今でも貴男が自分に
 
対して腹を立てているか聞いて貰えないかと頼まれました。 頭のおかしい女
 
と結婚できなかったことを後悔する男などいるはずはないと夫人は言います。 
 
 この話をどう思いますか? 退屈させてしまいましたか? 

  

 いいえ、きっと喜んでいますよね。