セヴィニエ夫人がフーケ裁判の判決が出るのを待つ間の不安を切々と訴え
ている手紙です。 ( 夫人はフーケに肩入れし過ぎていて、個人的には公平さを
欠く内容のように感じます) プレシス夫人との会話の部分のユーモアが素晴
らしいです。 十七票云々の所は、周囲の人に意見を聞いた結果、十七対五で、
フーケは有罪という意見が多いと言っているようです。
文中にサッフォー (古代ギリシャの女流詩人) の名が出てきますが、これは女
流小説家マドレーヌ・ド・スキュデリーの渾名です。 スキュデリーは心理分
析を小説の中心要素とし、セヴィニエ夫人やラファイエット夫人にも大きな
影響を与えました。
(長い手紙なので、途中を少し省略しています。 かなり意訳しました。 括弧
で括られた箇所は本文には書かれていません。 筆者の解釈です。
間違っていたらすみません)
(1664年 12月 9日 火曜日 パリにて)
最近は時間の過ぎるのが遅くなっているに違いありません。 不確実な状態
で毎日を過すのは耐えがたいことです。 捕らわれの血となった気の毒な友人
のご家族が、このような毎日を過すのは、どれほど辛いことでしょうか。 私
はご家族にお会いして、感嘆しました。 まるで最近、起こったことについて
見ることも知ることも無かったかのように振る舞っておられますから。 さら
に私を驚かせるのはサッフォーです。 底知れぬ知性と洞察力を持つ彼女もま
た、同じように振る舞っています。 (女性たちがフーケが裁判に勝つと信じて
いることを意味している) 裁判のことを考える時、あの方たちは私よりずっ
と多くのことを知っているのだからと、(私などが裁判の心配をする必要は
ないのだと) 自分をなだめ、少なくとも納得させようとします。 一方で、偏
見を無たない方や、敬服すべき洞察力をお持ちの方と裁判の話をすると、審
理は公正に進められていて、私たちの望む結果が出たら、それは本当の奇跡
のようにすら思えます。 たった一票の差でも、(裁判で) 負ければ総てが決まって
しまいます。 (皆さんの意見をまとめると、有罪) 十七票に対して、私たちが
五票しか取れなかったのは事実ですが、気の毒な女性たち (フーケの家族や
サッフォーのこと) は、それは (公平な判断では無く) ただの攻撃に過ぎない
と信じています。 しかし、その時以来、彼女たちの自信には疑念が生じてい
ます。 私の心の奥底でも微かに自信が揺らいでいることを感じます。
それがどこから来てどこに行くのか、私には分かりません。 その揺らぎは夜
の安らかな眠りを妨げるほど大きなものでもありません。
昨日、プレシス夫人と裁判のことについて話しました。 裁判のことについ
て私の気持を分かっていただける方としか、私は会わないし、一緒にいること
にも耐えられません。 プレシス夫人は何の根拠も無く、私と同じく (フーケさ
んが裁判に勝つ) という希望を持っています。
「どうしてそんな希望を持てるの?」 と尋ねると 「私がそれを希望している
からよ!」 と答えます。 これが私たちの出した答えです。 完璧に理にかなっ
た答えだと思いませんか? 私は最大の真心を込めて言いました。 「もし私
たちの望む判決が出たなら、使者を早馬に乗せて全速力で走らせて、嬉しい
知らせを届けますね」 その時の嬉しい気持ちを想像する嬉しさで、私はすっ
かり満足してしまいました。 プレシス夫人も私の気持ちを分かってくれて、
私たちは四半時ほども妄想に耽ってしまいました。
しかし、反対尋問の最終日、反逆罪についての答弁について、付け加えな
ければなりません。 前の手紙でその話はしましたが、話を私にしてくれた方
がもっと詳しいことを思い出して、もう一度、私に話してくださったのです。
フーケさんは、その事業から導き出される結論は、自分を当惑させるだけで
しかないと答えたのに対して、裁判長は「貴方は反逆を否定することはでき
ないでしょう」 と言いました。 フーケさんは「大袈裟で馬鹿げた話です。
それは反逆などではありません。 判事諸氏にお願いがあります」 と言って、
判事たちの方を向きました。 「反逆が何か、説明することをお許しください。
私は自分が貴方がたよりも賢いと言うつもりはなく、この事を吟味する余裕
があるからそうするのです。 反逆とは、その者が主君の信頼を得た地位にあ
りながら、敵の首領と通じることです。 自分の一族を敵側に移し、統治を任
された街の門を敵の前に開き、主君に対しては門を閉じることです。 そして
敵に機密を暴露する。 皆さん、これが反逆なのです」 裁判長は身の置き所が
無い様子で、判事たちの笑いを誘いました。 これが現実に裁判で起こったこ
となのです。 これほど機知に富んで、洗練されて、面白い話は無いとお思い
でしょう。 全フランスがこの答弁のことを聞き、賞賛しています。
オルムソン氏は事件の総括を続けました。 氏は驚くべき仕事をしました。
氏は比類の無い明晰さ、知性、能力を駆使して熱弁を振るったのです。
オルムソン氏の優れた弁舌を邪魔するためだけにピソー氏は五、六回も話を
遮りました。 フーケさんが有利となる説明をした時には、「その話は後でし
ましょう、その話は後でしましょう」 と言ったそうです。