バラナシの物売りたち (紅茶編) | アルプスの谷 1641

アルプスの谷 1641

1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録

( 無事、戻りました。北インド紀行再開します )



 バラナシを歩けば、五秒毎に「ボート?」 と声を掛けられるという話はし
 
ましたが、その他にも、紅茶、シルクなど、物売りがしつこいことでは定評
 
があります。 一日中、道に立っていて、何度断っても、前を通る度に売り込
 
みを掛けてくるシルク屋の親父の顔が今も目に浮かびます。
 
 しつこいだけなら無視すればいいのですが、厄介なのはお友達作戦で来ら
 
れることです。 それは通りで暇そうにしている若者との、こんな会話から始
 
まります。
 
「日本から来たの?」
 
「どの辺に住んでるの?」
 
「ぼくも日本に住んでたことがあるんだ」
 
 当たり障りのない会話から始まるので、特につんけんする理由もありません。
 
独り旅で会話に飢えている部分もあって、こっちも普通に話に乗っかること
 
になります。 それでもすぐに商売の話をされるのであれば「興味ないから」
 
で終わります。 しかし、相手は恐らく日本人に狙いを絞っているのでしょう。
 
日本人をよく研究していて、日本人の情に訴える作戦に出てきます。 つまり、
 
時には日本語まで使って、世間話を十分近くも続けて、警戒を解いた上で、
 
初めて「近くで店をやつているから休んでいってよ、別に買う必要はない
 
から」 となります。
 
 店に入ったら、もう最後。 数人のインド人に囲まれての無駄話が始まります。
 
 誤解の無いように言っておきますが、店に入っても決して威圧的な雰囲気
 
になることはありません。 どこまでもお友達扱い、警戒心を起こさせては
 
逆効果と知っているのです。
 
 仕上げに「品物を見てって」 「特別に安くしとくよ、お友達価格でね」
 
と来ます。
 
 
 私はこの方法で、紅茶とシルクを買わされました。
 
 
 紅茶店の方は地球の歩き方にも紹介されていて、その点、まあ心配ないだ
 
ろうと奮発、高級グリーン・ティーを結構なお値段で買いました。 日本に帰
 
って、早速、淹れてみたのですが、──私の淹れ方に何か問題があるのでし
 
ょうか、そのお茶は色も香りも無く、飲んでもお湯の味しかしません。
 
「一体、これのどこが高級茶なのであろうか──」
 
 茫然として茶碗の中を覗き込んでいると、脳裏に浮かぶのはジャイプルの
 
紅茶店のことです。 全く買う気の無い私に、店主は嫌な顔ひとつせず紅茶を
 
淹れてくれました。 その紅茶の美味しさと店主の誠実さに、今更ながら胸を
 
衝かれる思いがしました。
 
 
 自分はどこで道を誤ったのだろう。
 
 
 物思いに沈みながら超高級緑茶をすすると、口の中には、甘酸っぱい後悔
 
の味がするただのお湯が広がるのです。