第1部 「告白」、第1章「マレド群像」、最終節 | アルプスの谷 1641

アルプスの谷 1641

1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録


( 全体の目次はこちら(本サイト)からご覧いただけます )


( 最初から読む )

 
3月10日からの連続投稿の最後、第1章の最終節です。
 
今後、3月24日に「魔女裁判」に関する記事を上げた後、
 
3月31日から、第2章「或る家族の肖像」に入ります。
 
お時間のある時に、覗いていただければ嬉しいです。
 

-------------------------------------------------------------------

  

19. マルティーナ


  教職にあり、その美しさばかりでなく淑女としても評判が高かった。


  1641年 7月 25日、魔女として告発され処刑される。当時 25才。 


-------------------------------------------------------------------



 神様、私は罪を犯しました。私は自分の弱さから、許されないことをして


しまいました。死ぬのは自分だけで良かったのに、何ひとつ罪の無い人たち


を破滅へと導き、死への道連れにしてしまいました。こうして火刑に処されて


も仕方ないのかもしれません。


 私はただ人々に知らせたかっただけなのです。恐ろしい間違いが行われて


いるということを、そして、こんなことを続けていれば、いつか自分の身に


も同じことが起こるということを。しかし、私は知りませんでした。人々が


かくも愚かで、意気地なしで、自分のことだけしか考えていないということを。


 多分、最も愚かだったのは私なのでしょう。私は人を信じ過ぎていたのか


もしれません。それが間違いであると分かった今となっては、この世界に何


の未練があるでしょうか。


 刑吏は私を支柱に鎖で縛りつけ、火刑台を降りていきました。


 私は誰も恨んでなどいません。私の死を慰みものにし、好き勝手なことを


叫ぶ人々。私はこの街に生まれ、彼らと共に育ちました。立場が変われば、


私も同じことをしたに違いありません。
 

 自分の足元から、音を立てて火が登ってくるのが見えます。立ち上る煙に


巻かれて息を吸うことも、目を開けていることもできません。やがて炎が、


その舌先で私を舐め始めました。熱いというよりも、ゆっくりとナイフで肉


を切り取られているかのような痛みが走りました。やがて、自分の髪が狂っ


たような炎をあげ、身にまとっていた粗末な布も燃え始めました。全身から


は体液が流れ出すのを感じました。そうすると、もう熱いとさえ感じなくな


りました。瞼が焼け落ちて、眼球が焼ける一瞬前、炎の向こうに息を飲んで


私を見守る人々の姿が、見慣れた私の世界が見えました。よく晴れた、美し


い日でした。血液がごぼこぼと音を立てています。もうすぐ終わります。沸


騰した血液で心臓が破裂し、次には頭が内側から破裂しました。脳や血が音


を立ててあたりに飛び散りました。火はなおも勢いを増し、魔女である私が


完全に灰となり、何も残らなくなるまで、消えることはありませんでした。


私は灰となって、雲ひとつ無い空に高く舞い上がり、その一部は風に乗って、


城壁の内部にまで運ばれ、やがて舞い落ちていきました。そのひとひらを、


建物の窓から手を伸ばしていた小さな女の子が掌に受け止めました。女の子


は、真っ白な灰を、不思議そうにいつまでも眺めていました。