ディズニーの帰りにsorと話し合ってた。
kwさんの事。
今回何故私がメールを送ったか。
それを話した。
これ以上、私は彼女に対して悩みたくなかった。
だから、自分の中で区切りを付けて、お別れする為に送った。
いつもいつも私と彼女はぶつかって、その度にママやsorに迷惑をかけてきた。
そうやって苦しめるのが、いい加減辛くなってきたんだよ。
付き合う友達を選びなさい
これを、親から言われた時、私は怒った。
私の友達を否定する気なのかって。
でも、その意味が、この年になってわかった気がする。
親が伝えたかった正しい意味は分からない。
この事なのかな?って思う気はする。
私はkykやnmtをはじめとした親友や、ママやsorといった身内にも支えられて、薬の調整に入って、減薬を開始して、徐々に治療段階を上げている。
減薬を開始した事により、戻ってきた感情があるのも分かっている。
薬で抑えられていた部分が、少しずつ戻ってきて、喜怒哀楽が以前のようになってきた。
それに対して、親友や身内は、おめでとう!って喜んでくれる。
でも頑張れとは口にしない優しさを持っていて、よく頑張ったね!って励ましてくれるんだ。
凄い感謝してる。
偏見を持たないで、悪い事に対しては悪いってきちんと叱ってくれる。
内臓面の疾患に関する事にも、かなり気を遣ってくれて、毎日の私の健康状態を気にしてくれたり、なかなか検査に行けない現実を分かっているからこそ、日々のアドバイスをくれる。
ご飯が食べれない事に対しても、拒食と捉えず断定もせず、あれこれと提案してくれて、それに対しても自分なりに取り組んでいる今。
今日は何を食べた、でも吐いてしまったけどって言っても、それに対して新しいアドバイスをくれる。
怒らないでくれる。
頑張って食べたんだね!美味しかった?って聞いてくれるの。
そんな状況なのが今の私で、今挫折する訳にはいかないって思ってる。
今年こそ、負けないで、普通の人に戻るんだって決めたから。
それに対してみんなは、自分の生活もあるのに、できる範囲でサポートしてくれる。
だからそのサポートを、裏切りたくない。
結論を自分の中に出した。
それが、自分に不要なストレスとなる人を、切ること。
sorは、kwさんの事を分かっているからこそ、この結論に対して理解を示してくれた。
これ以上、私が深入りして、悩めば悩む程、また数年前と同じ結果になるって。
受け入れられ無いのは、自分の器量が足りないからだ。と責め続ける結果になる。
そうやって自分で自分を追い詰める結果になれば、また同じ事の繰り返しだって思った。
ある程度はこの考えを持つべきでも、一線を考えないと自分の身を滅ぼす事になる。
それだけは避けなければならない。
sorはそれに対して、それが一番だと思う、ずっと思ってたって答えてくれた。
今まで何かが起きれば、いつも私がなんらかのモーションを起こして、終わりにしてきた。
いつも私から何かモーションを起こさなければ、何も解決してこなかった二年間。
成長が無い二年間だった。
ただただ毎回怒って疲れて泣いて…そんな二年間だった。
楽しくても、それを上回る色々な問題。
悩む時間は圧倒的に多かった。
だから今回最後になるだろうと、全てを書き綴って送った。
sorにもそのメールを見せてある。
sorはsorで、私達が言え無い事まで言わせてしまったって言ってくれた。
いつもそうやって、人が言いにくい事まで相手に伝える役目を負ってくれてるねって。
今回は私情を挟まず、客観的事実のみを大前提に書き連ねたから、それに対しては構わなかった。
叱り飛ばして、お前は何様だとまで書いた。
お守りする為にいるんじゃないって。
彼女は彼女で察する事が年末にあり、そのメールに対しても反省の弁を述べてきた。
だから期間限定で、許すでは無いけれど、切ることを止めた。
ただ、私はいつか彼女を切ることには変わらない。
彼女が変わらなければね。
友達を辞める事を送った事に対して、正しい決断だったと思うよ。
後悔はしても、自分が病むよりはずっとマシだ。
私を支える人達が思う事は、自己犠牲の精神を捨てる事。
この病気の発症の原因も、行き過ぎた自己犠牲が原因だと結論づいてる。
私は自他共に認める程、自己犠牲精神が強い。
どんな相手に対しても、受け容れる姿勢を取り続ける。
他者に対しては、こんなにも寛容的なのに、自分に対しては酷く冷たい。
それが私だった。
でもそれは長所でもあって、他者にとって寛容的でありたいと願って生きてきた今までが報われているのだとも、思える。
でもそれが行き過ぎれば、甘やかす事になり負担になり壊れる。
その事をいい加減、目を反らさずに受け入れなければいけない時がきた。
冷たい判断だとは思わない。
充分にやってきた。
ここには何も書いていないけれど、本当に自分を追い詰めてまで、考えてきた。
でも、もっと大事にしなければいけない人達を、見ないふりでその人に執着する事に対して、意味が無いのでは無いかと考える様になった。
kwさんだけじゃない。
大事にすべき人はもっといる。
だから、依存の様な考え方をやめる事にした。
ごめんって心に思うけど、私には支えてあげられないって諦める。
その力量が私には無い。
自分を投げ打ってまで、尽くす事はできない。
だから、これが最後。
後悔はしない。
よく頑張ったねって、自分を認める。
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