私の財布には、ずっと、クリップの付いた千円札が入ってた。
どんなに持ち合わせがなくても、絶対に使わなかった千円札。
手が思うように動かない父が、「これで温泉行きなさい」って、自分で財布から出した千円札。
何故かクリップが付いてた。
その時の父はクリップを取る事すら難しかった。
この千円は家族みんなで使いたかった。
ようやく使えた。
父と母が新婚旅行で行った温泉宿、『佳松園』。
花巻温泉の奥座敷、とびっきりの宿。
お父さんが退院したら行くつもりだった宿。
49日の無いクリスチャンの父のミサが先月終わって、一段落したら、行こうと約束してた。
お父さんは写真となって一緒に行った。
まさに「いい宿」。
行き届いたサービス。
浴衣を着て、ちりめんの巾着袋をぶら下げて、草履を履いて、雰囲気バツグン。
まずは一杯飲んで、温泉へ。
良いお湯!
ヌルヌルしてて柔らかい。
汗が吹き出してきて、あっという間に茹蛸さんになっちゃった。
お風呂の後は、これまたサービスのヘッドマッサージを受けて極楽極楽。
部屋に戻れば夕食の時間。
次から次へと運ばれてくるお料理は、ホントにどれもこれもおいしくって、
食欲がめっきりなくていた私たちも随分とたくさん食べた。
そりゃあもう、最後の一品までしっかり食べた。
はちきれそうな胃袋。マジデヤバイ。
腹ごなしに売店へ行って、なんやかんや買ってから、またお風呂。
部屋に戻ったら、お酒飲みながらおしゃべりした。
お父さんの写真は、ずっと笑って私たちを見ていた。
朝食が、これまた素晴らしかったが、いかんせん夕べの飲みすぎで食欲が無い上、
お腹を壊すという体たらくで、全部食べきれなかった・・・。
帰る前にもう一回温泉に浸かり、フロントの前のラウンジでコーヒーを飲んで、宿を後にした。
仲居さんが楽しい人ばっかりで、ホントにいい宿だった。
「お父さん帰るよー。」
ようやく、一区切りが付いた。