人の体は、とても複雑で、とても単純だ。


その絶妙なバランスで成り立っている。



父が入院してしまった。


検査に時間がかかっていて病名はまだ分からない。


ただ、軽いものではないと思う。



父と私は気質がとてもよく似ている。


気分屋で波が激しくて、小心者。


基本的に外には出ず、家に居てゴソゴソしているのを好む。


でもアウトドアは好き。


そっくりだからこそ、上手くいく時はとても仲良しだし、

そうじゃない時は一言も話さずにお互いを認識していないような態度になったりする。


近頃はもっぱら後者だった。


しかも仕事柄家族との生活時間がずれていて、顔を合わせる事も減っていた。


だから、調子が悪いのも何となくしか知らなかった。


夏バテだろう…くらいに思ってた。


緊急入院する前に、一度病院から帰宅した父は、自室を整理していた。


まるで何かを覚悟している様な行動で、私はそれを見てない事にした。


私はいつも通りに、普通に出かける時みたいに見送るんだ。


「いってらっしゃーい!」


火打石を叩く。


父は振り返り、いとおしそうに玄関から家を見渡して、


「帰ってくるからな。」


と呟いた。


迂闊にも涙がこみ上げてきた。


考えたくない事が頭を過ぎったけど、その思考を急いで閉じ込めた。


笑え!!


出発する車に向かって、笑顔で手を振った。


父も、笑顔で手を振っていた。




あの日から一週間以上経つ。


病名がはっきりしない為に治療は開始されておらず、やきもきした気持ちで経過を見守っている。


心配性の母は、家庭の医学で調べた悪い病気を予想して、姉の前でシクシク泣いた。


姉のパートナーは医学関係者だから、理論的にそれをなだめ、姉と母を落ち着かせてくれている。


生活時間のずれている私は、仕事前にお見舞いに行き、そこで家族と会う。


そのほんの少しの時間しか無い。


姉のように母を支えられない。


だから私は能天気でいる事にした。


何も分からない今、みんなが悲観的になって良い事なんて一つも無い。


悪い事は考えない。


今分かる数値を淡々と見て、それ以上は考えない。


お見舞いに行ったら、たくさん冗談を言う。冗談ばっかり言う。


少しわがままに振舞う。


熱が上がってしんどそうに寝ている父が、ふと起きた時に、私の冗談で口角を少し上げる。


それを見て母も笑う。


それでいい。



一人病室を出ると、すっかりしおらしく弱々しくなった父の姿が鮮烈に思い返されて涙が出る。


でも考えないように閉じ込めておくことも出来る。


私は閉じ込める。


蓋をする。


感度を極限まで下げる。




また、あの少しわずらわしい毎日は、戻ってくるんだ。


それまでは。