対決!至高の音楽!
アホアホシッキーですこんあんあ。
今日のお題は「究極の音楽」についてです。この世に存在しうる限りで「究極の音楽」とはどのようなものなのでしょう。というわけで、僕ではちょっと察しがつき兼ねますので、ここは山岡さんと海原さんにお力を借りてみようと思います。
~東西新聞社主室にて~
大原「帝都新聞が次の題材を指定してきたぞ」
栗田「次の題材が決まったんですか!?」
大原「ああそうだ。次回の究極対至高のメニューでは、音楽を題材にと向こうから指定してきた」
小泉「向こうから指定してくるからには、よほどの自信があるのだろう。どうだ、当然勝機はあるのだろうな」
山岡「勝機と言われましてもねぇ・・・・・・」
栗田「音楽が題材だなんて、あまりにも漠然とし過ぎているわ」
大原「さよう。音楽と一言で言っても、そのジャンルは多岐に渡る。向こうは、その中でも至高の音楽を用意してくるだろう。山岡、分かってるな。今度負けたら・・・・・・」
山岡「あーもう!はいはい!ボーナス無しって言うんでしょ!やりますよやりますよ!」
~岡星にて~
岡星「ははぁ、究極の音楽ですか」
栗田「承諾したはいいものの、究極の音楽なんて見当もつかないわ」
山岡「ううむ、確かにあまりに範囲が広すぎて、一体どこから手をつけていいのやら・・・まいったなぁ」
岡星「なんだ、山岡さんらしくもない。要は音楽の本質に迫り、その本質たる部分を洗練させればいいのではないでしょうか」
山岡「音楽の本質・・・・・・」
栗田「音楽・・・音を楽しむ・・・つまり、楽しめる音楽の究極系ね!」
山岡「おいおい、それじゃあまりに安直すぎるよ。音楽は基本的に人類独特の文化だ。だけど考えてもみなよ、対象を人間だけに限らず、たとえば人間以外の動物などにも伝えられる音楽があるとすれば、そこに音楽の本質があるんじゃないだろうか」
岡星「これを召し上がってみてください」
栗田「これは?」
岡星「アフリカ産の部族音楽です」
山岡「む、これは凄いぞ!余分な音は全て削り落としてある上に、リズムが洗練されている!」
栗田「一見アクが強そうに見え、それでいて単純明快しゃっきりぽん!後味すっきりなのに素材の持つまろい味わいが最大限に引き出されているわ!」
岡星「私はこう考えます。現代の音楽はあまりにギミックを多用し過ぎるがあまり、音としての本質よりもむしろその演出やイメージなどが先行されているように思うのです。ですがこの通り、音は和音によってのみ生み出されるものではありません。本来、音楽というのは至極単純なものなのではないでしょうか」
山岡「そうか・・・!すっかり見逃していた!俺は音楽と言うとメロディー、ベース、リズムの構成よりなるものだという先入観に囚われすぎていたんだ!」
栗田「山岡さん!糸口が見つかったのね!」
山岡「ああ!ようし!今夜は徹夜だぞ!岡星さん、栗田さん!力を貸してくれ!今度こそあの男の鼻をあかしてやる!」
~対決当日~
東西グラフ記者「究極のメニューと至高のメニューの対決、今回は音楽を題材に行います。音楽の起源は非常に古く、我々人類にとって大きな意味を持つ文化です。どんな音楽が究極であり至高のものであるのか発表していただきたいと思います。それでは究極のメニューからお願いします」
大原「いよいよだぞ・・・」
小泉「山岡のやつ、大丈夫なんだろうな・・・」
栗田「今回、私達は音楽を題材にするにあたって、その本質を見極める事から始めました。現代では音楽というと様々な要素によって成り立ち、その本質を見極める事は非常に困難な事でした。しかし、私達が見出した音楽の本質は、もっと身近な所にあったのです。そこで私達はこれを用意しました」
海原「む」
団「これは・・・全て打楽器!?」
山岡「今回我々は、音楽の原点に立ち返る事から始めました。その結果、音楽の基本ともなる「リズム」へと行き着いたのです」
栗田「ここにあるのはアフリカ音楽として代表的な打楽器、ボンゴと、ジャンベドラムです。右端のものはインドに伝わるタブラです。どうぞご賞味ください」
京極「うおお!これは!リズムだけで構成された音の旋律!まるで体が自然に動き出してまうほどの高揚感と共に、演奏中のこの一体感はたとえるなら一見統制も無いように見え、その実一切どこにも違和感を残さないような乱雲のような見事な調和や!」
唐山「これは美味いの!これだったら人間だけに限らず、動物も聴いていて楽しい気分になるに違いないぞえ!」
山岡「まさにその通りです。我々は、この「音楽」という人間独特の文化の対象を、人間だけと特定せずに取り組みました。その結果、メロディーやベースラインといった人間のエゴとも成りかねない余分な要素は全て取り除き、リズムだけで曲を構成したのです」
団「確かに犬や猫なども、リズムを認識しながら動作する事がある。極端な話、尻尾を振るのだってある種のリズムだ。これはまさに音楽の本質と言うに相応しい・・・!」
大原「お!審査員達の評判も良いぞ!今回は勝てるんじゃないか!」
小泉「ようし山岡、よくやった!もう勝ちは我々のものだな!」
東西グラフ記者「では、次に至高のメニューをお願いいたします」
海原「私は、至高の音楽を作るにあたって三つのメニューを用意した。ただし、初めに断っておかなければならないのは、これら三つのメニューはそれぞれ異なる素材から成るものではあるが、本質的には全て同じものであるという事だ。余計な説明は省かせてもらおう。まずはご賞味いただきたい」
大原「一体何が出てくるのやら・・・・・」
団「おや?これは?」
京極「ざ、雑音?」
唐山「これはテレビの砂嵐の音のように聴こえるが・・・雄山、これは何じゃ?」
海山「ふ、ふ、ふ、これは、胎児が母親の胎内にて聴く血流の音です。つまり、生き物の体内音」
小泉「これと音楽がどう関係あるんだ?」
海原「次にこれを召し上がっていただこう」
山岡「む」
栗田「これは波の音・・・そして風の音だわ!」
海原「さよう。収録は海岸で行った。我々は一切調理せず、素材そのままの味だ。そして最後の一品はこれだ」
小泉「うわ!なんだこの禍々しい音は!」
唐山「聴いているだけでそら恐ろしい音じゃな!」
海原「これは、虎が敵を威嚇する際の声です。犬でも同様のものを収録する事は可能であったが、私はあえて野生の虎を選んだ。その方が今回の主旨に沿うと判断したからです」
唐山「ええい、もったいぶるのはやめて、早く説明せんか!」
海原「いいでしょう。今回の至高のメニューのテーマは「音楽の目的」です。我々人間は、音を介して感動を得、音を介して作者のメッセージを受け取る。音の本質に迫るといった面においては、さきほど紹介された究極のメニューと主旨は同様のものとなります。音楽は人間独特の文化であることにも同感だ。しかし、私は「音」そのものよりも、その「音」が持つ意味に焦点を合わせた」
栗田「音が持つ意味・・・・・・」
海原「現代音楽は、表面的な音の表現に溢れている。しかしその実中身は空っぽであり、そこから伝わるものは何も無い。だがどうだろう、決して音楽とは形容しがたい母親の胎内の音を耳にし、我々は安堵感を得なかったか。海や波の音を聴き、旋律を持たない音から安らぎを、そしてそこから音の普遍性を感じはしなかったか。動物が敵を威嚇する声に、恐怖を覚えなかったか。そこには、我々生き物の心へと直接的に訴えかける何かがある。安らぎや恐怖感などといった記憶、感情に訴えかけるパワーがある。音楽の本質、それはこの「訴えかけるパワー」だ。音から感じ得る全てのメッセージだ。そして私は「音楽」という概念の殻を割り、そこに内包された音のパワーを至高のメニューとさせていただいた」
栗田「なんてことでしょう・・・!私達も音楽の本質を追及していながら、至高のメニューに比べたら浅はかなものにしか・・・・・・」
山岡「くっ・・・」
海原「ふ、ふ、ふ、士郎!これで自分の愚かさがよく分かっただろう!音楽という概念に囚われずその対象を人間に特定しないと御託をほざきながら、その先入観にもっとも囚われていたのはお前ではないか!表面的な娯楽としての音楽であればまだよかろう!だが、リズムだけで構成された単純な音楽では、人ならばまだしも人以外の生き物に何かを伝える事など到底できまい!それを究極の音楽などとよく言えたものだ!お前のような思慮浅き男に、究極を求める資格などないわ!」
山岡「く・・・くそ・・・・・・」
大原「確かに海原氏の言う通りだ・・・音楽だからといって、こちらはあまりに音楽という枠に囚われすぎている・・・音楽を分解するとそこにあるのは音。その音を追求した至高のメニューに対し、我々に勝ち目はない・・・」
東西グラフ記者「えー、どうやら決着がついたようです」
唐山「ちょっと待てい!」
海原「む」
唐山「確かに、雄山が用意した至高のメニューは、わしらの心へ直接的に訴えかける強いパワーがある。動物の本能にさえも強く訴えかけるものであることには変わりはないじゃろう。じゃが、それを音楽の究極系としてしまうのは、あまりに詰まらなくはないかえ?」
小泉「お、風向きが変わってきたぞ!」
海原「何をおっしゃる。力の差は歴然。いずれにせよ今回究極側が用意したものは、あまりに浅はか過ぎる」
唐山「まぁまぁ待て、さっきお主も言っとったろ。音楽は人間独特の文化だと。それならば、何も動物を対象にする必要もあるまい。人間独特の文化なら、人間独特の文化として究極側のような音楽も十分にあって良いのではないか?」
団「確かに、あのリズムを聴いた時の爽快感は人間だからこそ感じ得るものかも知れません」
唐山「その人間独特の感覚を切り捨ててしまうのは、あまりに勿体ないではないか」
海原「むう」
京極「せやなぁ。これは比べるにはあまりに土俵が違いすぎる。どちらもよう洗練されとるで。その洗練のされようといったら、双方ともまるで洗いたての皿のようにピッカピカや」
東西グラフ記者「えーそれでは結果を発表させていただきます。究極のメニューは、人間として持ちえる感覚に強く訴えかけ、我々に音楽の素晴らしさを改めて気付かせてくれました。思考のメニューは、哲学的な領域にまで視野を広げ、既成概念に囚われない音楽の可能性を提示してくれました。双方とも互いに非常に素晴らしいものであり、音楽の本質に迫っているものと思います。よって、今回は引き分けとさせていただきます」
大原「やれやれ、引き分けただけでもありがたいわい・・・」
小泉「山岡のやつ、ヒヤヒヤさせおって!」
栗田「なんとか引き分けられたけど・・・・・・」
山岡「ああ、今回は完全にこっちの負けさ・・・俺は音楽の多角的な認識を欠いていた。雄山にして一本やられたよ」
栗田「もう!いつまで落ち込んでるのよ!男ならしゃきっとしなさいよ!」
山岡「俺がいつ落ち込んだって!?ああもういいよ!」
栗田「山岡さんどこに行くの?」
山岡「ジャズでも聴きながら一杯やってから帰るさ」
栗田「待って!私も行くわ!ねぇ、ジャズってどうなのかしら。ジャズも究極の音楽と言えるのかしら」
山岡「俺は今回の勝負で悟ったよ。音はただそこに存在し、音はただそこで俺達に何かを伝えてくれるものだってことを」
栗田「という事は?」
山岡「ジャズも究極の音楽って事さ!」
栗田「ちょっと!待ってよー!山岡さんたら、待ってー!」
~音楽は 普遍的にただ そこにある (なんだかゴロが悪い感じで一句~
天気→金縛り→チャネリング→うんこ
にちにちあー!(; ・`д・´) ニチニチアー!!!
今日は天気が良い!空も晴れりゃ気分も晴れる!
ところで先日、ジニーと「UFO」の存在と「幽霊」の存在について話した。奴は何度も金縛りになった事があるらしい。奴曰く、「あれはマジで怖いぜ。ちゃんと動けるかどうか確認したくなるんだけど、確認できないんだ!まるで、動き方を忘れちまったかのようさ!」らしい。だけど、幽霊とかは見た事はないと言っていた。一度、生首がこちらを覗き込んでいた事があったらしいが、朝起きて見てみると、それは部屋に飾ってあったお面だったらしい。起きた瞬間「あ、これか」と。
俺も一度だけ金縛りになった事あるんです。だけど、どちらかと言うと僕は、金縛りにあってまでも幽霊(っぽいものを)見てみたいと思う派なので、金縛りにあった時は必死にめんたまを動かして周囲を見回した。だけど何も見なかった。音はしてた。耳鳴りみたいのとか囁き声みてぇのとか。金縛りはその一度きり。それから何度か「あ、金縛りになりそう」と思った事はあったが、結局ならなかった。なるように努力したんだけど。
幽霊については、俺もジニーもまったく信じていない。だけどそういう話は好き。
UFOは、ジニーは「あれはプラズマ兵器なんだってよ!」と力説してた。宇宙人説よりは遥かに信憑性があるけど、どうせそれもデマなんだ。自然現象という見方もあるけど、俺なんて今まで何度も飛行機に乗って、その度に窓側の席に座りずっと外を見てるのに、それらしいものさえ見た事がない。
だけど、小学生の頃に俺のダチがUFOに追いかけられたって言ってた。塾の帰りに。嘘つけよーってからかってたら、そいつマジで半泣きになって、
何故か一緒にチャネリングさせられた(´・ω・`)
マジあほ。あほにも限度がある。
そんな感じで、幽霊もUFOも存在はしねーんだろう。だけど、俺は夢のある話が好き。科学や歴史、遺跡、文化、風習、童謡。「時間」を感じさせるものは、神々しくさえある。時間こそ神秘。時間こそが歴史の洗浄剤。そして、時間こそが人類の夢なんだ。
その後、僕とジニーでツチノコとアナコンダとコブラとアオダイショウのお絵かきをして遊んだ。全部うんこみたいだったおわり
~陽光に 雫滴る つららかな (もう少しで春がくる。時間は繰り返されている感じで一句~
