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シッキー物語1

ある日シッキーが病院で「おぎゃー」って生まれました。


シッキーは小さな子供で、未熟児ギリギリでした。

幼稚園に入っても、体は小さくて、列ではいつも前の方でした。

いつでも色々なものに興味を持つけど、病気がちで自分の興味を追うだけの体力がありませんでした。

運動会や遠足の前日に熱を出して、「行きたい行きたい」とダダをこねる事もしょっちゅうでした。


シッキーは、いつも興味のあるものには追いつけませんでした。


なので、母はシッキーに絵本を与えたり、

時には絵本を作ってくれたりもしました。

遠足に参加できない時は、母はお弁当を作り、シッキーはリュックを背負って、家の中で遠足をしました。二階のシッキーの部屋から出発して、一階のリビングでお食事。シッキーはいつも大喜びでした。


小学生になると、シッキーは少しだけ元気な子になりました。

明るくて元気で、好奇心旺盛な子供でした。

サッカーやドッチボールが好きな、健全な子に育ちました。

好奇心も強く、何よりも創作意欲が盛んでした。

イラストを描いては学校へ持っていき、クラスメイトはそれを見て喜んでくれます。シッキーは、自分の描いたイラストで友達が喜んでくれるのが嬉しくて、家に帰ってはクレヨンや色鉛筆を手に取り、イラストを描いていました。人気アニメのイラスト、シッキーオリジナルキャラクターの図鑑。想像を働かせて、シッキーは色々なものを描きました。


そんな中、とある女子生徒がシッキーにこう言いました。

「私もこんなのが描ければいいのになぁ」

シッキーはこう応えました。

「描けるさ!教えてあげるよ!」

そうしてシッキーは、その子の家に通い、イラストの描き方を教えてあげました。

女の子は、すぐにイラストが上達しました。


「シッキー、私上手に描けるようになったかな!?」


「なったさ!僕より上手だよ!」


ですが、女の子は、イラストを描いてクラスの友達に見せるような事はしませんでした。イラストを描いてはシッキーに見せるだけで、それ以上のことは求めませんでした。シッキーはこう言いました。


「これ、明日クラスのみんなに見せようよ。みんな驚くよきっと!」


ですが、女の子はいつもこう答えました。


「そんなの恥ずかしくて無理だよ。私はいいの、みんなに見てもらわなくても」


「でも、みんなに褒められたくないの?」


「褒められたいけど、恥ずかしいからイヤだよ」


シッキーは考えました。

「本当にこの子に喜んでもらうためには、僕だけじゃなくクラスの皆に喜んでもらわなきゃ」

そしてシッキーは、自分で冊子を作りました。

自分の描いたイラストや稚拙な小説をまとめて、その女の子のイラストも掲載するのです。

このアイディアはあっと言う間に好評を得、「僕もイラストを描きたい」「私も小説を書きたい」という要望が寄せられるようになりました。


シッキーは思いました。


「皆、とても楽しそうだ。僕がイラストを描くよりも、本当はみんな自分の描いたものをみんなに見てもらいたいんだ。僕はイラストを描くのではなく、みんなのイラストをみんなに見せてあげられるこの冊子作りを一生懸命やろう!」


小学校を卒業し、中学生となっても、この冊子作りのアイディアは継続されました。

その頃になるとシッキーも思春期です。

初めは屈託の無かった冊子も、どうやら思春期特有のギザギザハートを帯び始めていきました。

そして、この冊子がシッキーの運命を大きく揺るがすとともに、一つの事件となってしまうのです。


続く



うんちだって泣くんです。

はーあぶなかった。


なんか、泣ける歌を紹介するテレビ番組がありました。

何度も何度もテレビ画面から目をそらして「ホコリの意味」とか考えてました。

はーあぶないあぶない、泣く泣く。


今日は、仕事を終えるとテレビを見てました。

最近たまにテレビ見るようになりました。

そうしたら「泣ける歌」の番組がやってました。

僕はだめです。

そういうの泣きます。

でも、泣きたくないです。

だって、これでもロッカーです。

いや、ロッカーどころじゃないです。

メタラーなんです。

ギターの轟音の上でシャウトするのが僕なんです。

だから、西田敏行につられて泣くとか、ほんと、オジーオズボーンが聞いて呆れます。

オジーが泣くのは、多分目に蟻が入った時だけです。

僕も、目に蟻が入らない限りは泣いたらダメだと思います。

だから、テレビ画面から目をそらして「あそこにあるホコリはどういう意味だろう」って考えました。

すると、一つの結論が出ました。


ちょうどその時、

テレビでは「未熟児に生まれた我が子を想う母親の歌」というのがやってました。

その歌を聴きながら僕はホコリをじっと見つめました。


ホコリは、一生懸命生きてます。

人に踏まれても、

アスファルトが敷かれても、

地面の下からニョキニョキとがんばって生えてきます。

ホコリはがんばっています。

ホコリというか、

雑草ががんばってます。

そのがんばりっぷりを思ったら、

泣けました。


はい、泣きました。


泣いちゃってんじゃん。


あーあ、

人って、年をとると涙もろくなると言います。

でも、よく考えてみたら、僕、昔からそうだったような気がします。

女の子に「映画観に行こうよ」と言われると、ちょっとイヤな気持ちになったりしてたような気がします。

サプライズのバースデイパーティとかやられた時はもう最悪でした。

ほんと、なんだろこれ、最高に最悪って言うんでしょうか。

ダメなんです、そういうの。

ほんと、怒るからね俺。

そりゃね、嬉しいですよ。

嬉しいけど、それとこれとは話は別ですからね。

泣いてるからって全部が喜んでると思われちゃ困ります。


あーもう、思い出したら死にたくなります。

涙が抑えられなくなって、あからさまにトイレに直行した自分。

あー!もう、記憶喪失希望事件ー!

うぉ!なんだこれ!何かタイプミスしたら字がでっかくなった!

まぁ、ちょうどいいところだからいいか。

アメブロには、ショートカット機能があるようです。

機能のショートカットって便利だと思います。

僕も昨日をショートカットできたらどれだけ幸せでしょう。

なんだこれ。




人って、イメージというものがあります。

僕は、映画を観て泣いてはいけない感じだと思います。

僕が泣いてるのを見たら、それを見た人が逆に引くような気さえします。

でも、人って意地悪です。

そんな僕を見て「シッキーはこういうのダメなタイプなんだねヘヘーン」って言う人って必ずいます。

そして、何かあるごとに僕を泣かせようとします。

でも、言っちゃ悪いですけど、


意図が見え見えだと萎えます。


「てめぇ、頭おかしいんじゃねぇか。人を泣かせて喜びてぇなら、託児所にでも勤めてガキ泣かせてろ、この歩くドメスティックバイオレンスが」とか言っちゃいます。


もう最悪です僕。


「涙もろい人は心が優しい」なんて、真っ赤なデマだと思います。

もう、真っ赤な嘘を通り越して真っ赤なデマです。


でも、心がキレイな人になりたいです。

人の心の清さって計れないんでしょうか。

心の清さを計りたくて、色々と調べてみました。

そうしたら、脳内メーカーというものがありました。

やってみました。

僕の頭の中は、














俺は病気か。






ドラッケン!と叫ぶ

ドラッケン!