冬旅の手記 | sick

冬旅の手記

とうとうクリスマスも終わり。


明日からまた街は現実を取り戻し、


サンタはドレスを脱いでスーツを着用する。


夢から覚めたような気分で街を歩く自分の姿が見える。


それでもまだ、年末というこの時期、


連休に向けて活力を失わないまま仕事に臨む人々がいる。


そんな人達の残された気力が、


再び街に非現実的な空気をもたらす。


やけに張り切っている売り子。


くたびれたスーツを着て、明るい顔で帰宅するサラリーマン。


意気込んで買い込む年輩女性。


妙にごきげんな近所のおっさん。


酔っ払いの浮浪者。


クリスマスを終えてからのこの時期は、


クリスマスとはまた違った、


無気力な、


いやに陽気な、


ひっくり返った蛙のような、


言い表し難いけだるさを伴った雰囲気が街を包み込む。


繁華街は見せかけの活気に溢れ、


住宅街はそれに反比例するかのように、


まるで静か。


毎年この時期になると、


僕はある場所へと向かう。


それは、誰も知らない南の島。


些細な歴史を語る小さな島だ。


「ペッチャタ島」と呼ばれているその島は、まだ日本地図にも記されていない。とは言え、沖縄本島の東に位置する北大束島よりも更に東、太平洋に寄り添うようにひっそりと浮かぶこのペッチャタ島は、まったくの無人島というわけでもない。


聞くところによるとこの島は、太平洋戦争に伴い出兵した北海道のアイヌ民族によって築かれた、小さな集落に発端を成すと言う。


今でも島のあちこちに、戦没者の名のない慰霊碑を確認することができる。


小さな川で分断されたようなこの島は、特異な造形を成している。


島の北側から東側にかけては、先住民族によって引き継がれてきた小さな町が、発展を留めたままひっそりと存在しているが、島の西側はまったくの未開発。かつて、この場所にもやはり戦争から逃れてきた人々の小さな集落が点在していたらしい。しかし、この場所を観光地として開拓しようとした当時のインドの資産家が土地を牛耳ってからと言うもの、不自然なまでに整地された寂しい地面だけが残された。


開発の価値がないと判断され、途中で計画が放棄されたままなのか。あるいは、景気の悪化に伴って、単純に計画が頓挫したままなのか。いずれにせよ、現地の人間がこの場所に足を踏み入れるということがタブー視され続けること数十年、今もその習慣は健在。西海岸は行く手のない荒野のように、ただただそこに存在しているだけだ。


そのせいか、今も現地人はペッチャタ島の西海岸にまるで無知。


「行ってはならない」という習慣だけが脈々と受け継がれ、その理由を知る者はほとんどいない。そして、その誰も来ない侘しい土地こそが、僕にとっての癒しの場なのだ。


島に行くためには、船をチャーターする必要がある。


当然ながら、空港はない。


かろうじて漁港らしきものはあるものの、その様はまるで稚拙で、本州からはもちろんのこと、沖縄本島から大きな船を渡して観光地化するにはあまりに不便極まりない。


利便性の悪い土地柄からか、今ではこの島を開発しようという者もまるでいないようだ。


文字通り孤島と化しているこの島の土を踏むためには、個人的に船をチャーターするしかない。もちろん、豪華客船の旅というわけにはいかない。漁師が暇つぶしにやっているような渡船業者を通じて、かろうじて数名がようやくその島に辿りつくことができるのである。


なぜ、その島に行くのか?


酒にも女にも喧嘩にも困らない那覇に行くのではなく、美しい海を眺めるために毎年多くの旅客が訪れる石垣島に行くのでもなく、僕がこのペッチャタ島へ行く理由。


それは、僕がアイヌの血を感じることができる、唯一の島だからだ。


僕は、アイヌの血を引いている。そのことに、特別思い入れがあるわけではない。しかし、このペッチャタ島を訪ねると、差別に虐げられたアイヌの人々がどのような気持ちで出兵し、どのような気持ちで戦没者を弔ってきたのか。そのことに思いを馳せると、郷愁にも似た淡い悲しみと慈悲を覚える。


僕にとっては、北海道のその地よりも、感じるところが多い島なのだ。


小さな波にも大きく揺らされるような、一見すると軟弱とさえ思えるような小さな漁船に揺られて、僕はその地におり立つ。沖縄本島から約二時間。最新鋭の船なら、一時間弱といったところだろう。島の北西に位置する粗末な桟橋から、僕はさらに南西へ向けて歩く。この島では、二車線に舗装された道路を見ることもない。道端に打ち捨てられた広告チラシやペットボトルもない。粗末な桟橋。これが最初に目撃する小さな文明だ。


その桟橋におり立つと、右側には広大な海が広がり、左側には木々の緑ばかりが映えている。僅かに道らしき道を南に向かって歩くと、島を分断する一つ目の小さな川に直面する。


幸い、この川には小さな橋が渡されている。一歩ごとに耳障りな音を立てるような、簡易すぎる橋。右手に海を、左手に木々を感じたままそのまま南にまっすぐ突き進んでいくと、とても美しい海岸に出る。


それは、文明と自然が混在する場所。


草木はきれいに根絶され、岩石も人の力によって除去された跡がある。

しかし、それでも波はおそらくこれまでと何も変わらない様で砂を撫で続け、人の足跡を消すこともなく、その必要もなく、ただ延々と同じ動作を繰り返しているだけ。


北海道からこの遠地へと赴き、

ここで戦火の炎を目撃した人々がいるという歴史。

彼らは、一体ここで何を想って佇んだのだろう。

そして、

どれだけ故郷をいとおしんだのだろう。


快晴の陽光と波の歌声が交差するこの場所で、

僕はいつも考える。


それはあまりに非現実的な、

そしてあまりに現実的な、

奇妙な時間だ。


歴史を実感したとき、

人は自分自身の存在があまりにちっぽけなことであることを知る。

自分自身の悩みがあまりにちっぽけなものに感じる。

歴史を感じることが人の義務ではないけれど、

それが心に健全な作用をもたらすことは確かだ。


この時期、

僕がここに足を運ぶ理由は、

五稜郭タワーに赴く人達や、

東京タワーをのぼる人達、

通天閣でビリケン様を撫でる人達とは根本的に動機が異なる。


それは黒ミサで処女の血を求めるような、

ある意味で儀式的な僕の習慣であり、

僕の理想だ。


ペッチャタ島。


この島は、とても不思議な魅力を帯びた島。

文明に埋もれることのない歴史を、ありのままに語る聖地。

ひなびた海岸が、どれだけのものを語るかが問題なのではなく、

そこにいる者が、どれだけのものを感じとることができるかを問われる場所。

感性なくして、

人生の豊かさに感謝し、それを心得ることはできない。


そんなことを学ばせてくれる場所なのです。


是非この失われた島“ペッチャタ島”を、一度訪れてみてください。

きっとそこで、自分らしい人生を新たに発見することができるはずです。


ペッチャタ島観光大使:シキキのシキの助








※この物語はフィクションです。