自殺志願
主観によって、物事はすべて否定できるし正当化もされる。
自分を最高の人間だと思うも思わないも、
結局はすべて自分次第。
満足な生き方ができねーからって自殺に臨む人もいれば、
人を殺す自分を正当化する人もいる。
何が大切なのかはわかんねーけど一つだけ確かなのは、
人生は、良いことばっかじゃねーし、悪いことばっかでもねーってことよな。
弱気になっている時こそ
「これからもっと良いことあるよ」
と思わなければならないし、
強気になっている時こそ
「これから最悪なことになるぞ」
と思わなければならない。
それが人生の真実。
だから、
今浮かれてる奴ら、あんま図に乗んな。
気をつけて足元見据えろよな。
で、
今弱気になってる奴ら。
生きてりゃ良いことある──なんて常套句すぎてクソ吐き気がするけど、
それが人生の真実よな。
それしか言いようがねぇ。
人生を思い詰める奴って、
何もかも背負いすぎてんだ。
でも、
結局俺達は自分の旗を掲げている海賊みてーなもんだから、
クソ気楽に過ごしていけばいいと思う。
破産倒産家庭不和。
それもまた人生のスパイスよ。
俺なんかまだまだ小僧だから、
人を元気づけられるほど説得力のあることは言えねーけど、
少なくとも俺は、
図々しく生きてる。
世の中に「俺でごめんな」なんて後ろめたい不気味な笑顔を投げかけつつも、
母親に「産んでくれてありがとう」と思ってる。
それでいいんじゃねーかなぁ。
近況報告。
休みがない。
今月はスケジュールに追われてる。
忙しいうちが華よ。
休憩がてら、自殺に関するドキュメンタリーを見てた。
自殺には関心がある。
なぜって、自分にはまったく無縁のものと思いつつも、
それが決して他人事ではないという現実がそこにあるからだ。
若くして命を絶った奴も周りにいた。
ドラッグのせいで、自殺なんだか事故なんだか分からねーような死に方をした奴もいた。
失踪した女もいた。
自殺の名所と謳われる樹海を見学に行ったとき、
自殺防止のための看板がやけにリアルだったのを思い出す。
地面はどこも荒れていて、
登山道や林道でさえも不確かであるような不安を覚えた。
そこを怨念が漂う不吉な土地として見るなら、
確かにそう見えたかもしれない。
でも、
目の前に広がるのは、ただの自然という名の現実。
ゴミが散乱し、
地元のボランティア団体がそれを回収しているという現実。
それが雄大な大自然の営みに見えるか、
人の浅知恵によって衰退していく哀れな地球の末路と見るか、
あるいは不吉な死者の参列に見えるかは、
自分がどういう先入観を持ってそれを捉えるかに掛かっている。
人生もそれと同じだ。
自分の人生にどのような先入観を抱くかによって、
人の人生ってのは大きく変わってくる。
堕落を望む奴はどんどん堕落していくし、
更正を誓う人間はどんどん人生を立て直していく。
建築物であれば、
基礎をしっかりと構築しなければ、
梟もアクビをするような退屈な地震でさえ崩壊してしまうかもしれない。
だけど、
人生は建築物じゃねぇ。
積み重ねることによって洗練されていくことは確かだろうけど、
建て直しがきかないわけじゃない。
だから、
とりあえず生きることに執着してみれば良いと思うんだよ。
生きることを諦めたら、
そりゃ死ぬわ。
要は選択の問題。
そして、
先入観の問題。
どんだけの借金背負おうが、
人を傷つけようが、
こんな精神性がクソ乏しい社会でこれまで生きてきたなら、
図々しく生き続けることもそう難くはねーんじゃねぇか。
自分が抱える問題を必要以上に深刻に受け止めねーこった。
俺が道端でクソ漏らしてたって、
誰も気にしやしねぇ。
それと同じ。
俺達が抱える問題なんて、
誰も深刻に受け止めちゃいねぇ。
そんくれー割り切って図々しく生きれば、
もう少し人生楽しくなるかもしんねーね。
生きような。
まぁ、
できるだけ人に迷惑かけない方がいいけどね。