恋の思い出 | sick

恋の思い出

僕は久しく恋をしていません。

最後に恋をしたのはもう何年前だろう。

相手は年下の女の子でした。

燃え上がるような激しい恋をしたのを覚えています。

僕の目にはその子しか映っておらず、

どこにいても何をしていてもその子のことばかりを考えている始末です。

シッキー人生、最大に強烈な恋でした。


でも、なんだかんだ悪い偶然が重なり、

結局破局しました。

その多くは甘受しなければならない類のものですが、

どうしても納得できなかったのが、「誤解とすれ違いがあまりに多すぎた」ということです。


僕自身もいたらないところがたくさんあったのですが、

それにしたってあまりにすれ違いすぎた。


たとえばこうです。

とある問題が発生したある時、

僕はたまたま携帯電話を持っていなかったので、一緒にいた友人に電話を借りてその子に電話をしました。

すると、どういうわけか僕が電話番号を変えてその子を避けているという風に誤解されました。

その誤解を解いたかどうかはあまり覚えていませんが、

基本的に弁明や弁解があまり好きじゃない僕なので、

誤解されたままだったかも知れません。

誤解されながら生きてきたようなものなので、

誤解されることに対してはさほど抵抗感は抱きません。

でも、

その子に信じてもらえてなかったんだなーと思うと、

とても印象的で熱烈な恋だっただけに、

やるせない気持ちです。


また、

僕は一途にその子を愛し、

心から大切に思っていたのですが、

またまた度重なる偶然が災いし、

僕は「二股をかけていた」ということになってしまいました。

これについては弁明することもなく、

おそらくその子は今も過去を誤解したままなのだと思います。


その時は既にその子と別れていましたし、

誤解されていても特に問題はなかったので弁明はしませんでしたが、

お前、どんだけ信用されてないねんって我ながら自分で突っ込みたくなりました。


情熱的な恋も、あっけなく終わり迎え、僕に残ったのは「もう恋はしたくない」という気持ちだけです。


いや、恋を拒絶しているわけではありません。

ただ、もうめんどくさいのです。

理解し合いたくても理解し合うことは叶わず、

すれ違いを乗り越え、

誤解を乗り越え、

そんなプロセスをもう一度歩もうという気になれないのです。


何度も言いますが、めんどくさいのです!


思えば、僕はいつも色々な女の人から色々な誤解をされていたような気がします。

誤解されないことがなかった試しがありません。

おそらく僕にも原因があると思います。

僕は相手にあまり自分のことを多く語りませんし、

どちらかと言うと秘密主義です。

ただ、不純な秘密を持つことはありません。

僕が有するのは、自尊心を保ち、モチベーションを高めるための秘密だけです。


多分、僕の身近な人達よりも、

このブログを読んでくれてる君らの方が、

僕のことを分かってくれてるかもしれねーね。


もうね、結局人間関係ってフェアじゃねぇよ。


もう恋なんてしないなんてーなんて歌なんてなんてバカげていてなんて稚拙なんだろーなんて思ったりなんてしちゃったりして。