韓国ソウルで大勢の若者の命が一瞬にして奪われた。ひとたび群衆の中で事故が起きれば、甚大な被害は避けられない。日本でも安全対策を再点検する必要がある。

 ソウルの繁華街・梨泰院の路上で、ハロウィーン前の29日夜、集まった若者らが坂道で折り重なるように転倒する事故が起きた。日本人2人を含む150人以上が死亡する大惨事となった。

 梨泰院はカフェやクラブが立ち並ぶエリアで、韓国の人気ドラマの舞台としても知られる観光名所だ。新型コロナウイルスの規制解除で3年ぶりにハロウィーンのイベントが開かれ、周辺には10万人以上が集まっていたという。

 現場の坂道は、幅3・2メートルと狭く、左右に壁が多くて逃げ道の少ない場所だった。密集状態で1人が倒れると、雪崩を打つように周囲の人たちも転倒する「群衆雪崩」が起きたとみられている。

 混雑で救急隊員らもなかなか近づけず、救出作業が難航したことも被害を大きくした。韓国警察は経緯の解明を急いでいる。雑踏警備の問題点も検証すべきだ。

 同様の事故は日本でも起きている。2001年には兵庫県明石市の花火大会で、歩道橋に殺到した見物客が次々と倒れ、11人が死亡、180人以上が負傷した。その後、市や警察署の幹部らが警備の不手際を問われ、有罪となった。

 群衆雪崩は、1平方メートルあたり10人以上が密集した状態で起きる。身動きができず、他の人の下敷きになるなどして、呼吸困難に陥る恐れがあるという。

 このため、最初から密集状態を招かないような対策を考えることが必要だ。狭い場所では、人が自由に動くと混雑に拍車がかかる。入場者を制限することや、会場を一方通行にしてスムーズに行き来させることが効果的だろう。

 日本でも、コロナの行動制限が緩和され、街に人の流れが戻りつつある。年末年始には、クリスマスや初詣も控えている。

 イベント主催者や自治体、警察は、人が滞留しやすい場所を事前に把握し、迂回うかい路を設けて誘導するなどの措置を徹底してほしい。見物客の数や動向を予測する人工知能(AI)のシステムを導入することなども検討したい。

 集まった人が酒を飲んだり、興奮状態に陥ったりすると、群衆の危険性がより高まる。東京都渋谷区では過去のハロウィーンの際、若者らが軽トラックを横倒しにするなどの騒動が起きた。イベントは節度を持って楽しみたい。



 

韓国・ソウルの繁華街「梨泰院」で10月29日午後10時15分ごろ、ハロウィーンで集まった群集が折り重なるように倒れる事故が発生。これまでに154人の死亡が確認されています。ソウル市によると、事故現場は幅3.2mの路地が40mほど続く傾斜度10度の坂道です。

 今回の事故について群集事故を研究する大阪工業大学の吉村英祐教授に聞きました。

 (大阪工業大学 吉村英祐教授)
 「幅が狭い(道の)場合は一方通行にするというのが大原則なんですが、高密度でありながら、双方に自由に動いていたということが、まず挙げられると思います。1人が転倒すると、あとは連鎖的にまさに雪崩のように人が倒れる」

 吉村教授によると、今回の事故現場の坂道の場合、常に体重の1割の力で身体が前方向に引っ張られている状態と同じだといいます。そして、被害が大きくなった要因として指摘するのは、人の密度の高さです。

 (大阪工業大学 吉村英祐教授)
 「(人が)揺れるようになっていましたが、あまりに過密で倒れることもできない。おそらく密度は1平方メートルあたり14〜15人くらいにならないとなかなかああいう現象は起きない」

 では高密度の状態では人はどうなるのでしょうか?1平方メートルあたり10人以上の状態を再現した大阪工業大学の実験では、正面にかかる圧力は1人あたり270kgにもなり、3人に1人が呼吸困難に陥ったということです。


 (大阪工業大学 吉村英祐教授)

 「1平方メートルあたり10人を超えると周囲から押されているという感覚が出てくるんですが、10人を超えると急速に密度が上がっていきますので。それが長時間続くと、特に身長の低い人は顔のあたりが押されて、圧力だけじゃなくて、口とか鼻が塞がれるということも当然考えられると思います。そこで意識を失い、倒れても全く防御しないまま下敷きになった、ということで被害を拡大する要因になった可能性があると思います」





 




 

専門家が語る「群衆雪崩」の恐怖

「群集安全学」を専門とする関西大学の川口寿裕教授は、密集した人々が雪崩を打つように転倒する「群衆雪崩」が発生したと指摘します。
「群集雪崩」は、なぜ起きるのでしょうか?

関西大学・川口寿裕 教授:
人がものすごい密度で入っている状態で「群集密度」っていうのがひとつ指標になります。
1㎡あたり大体10人程度以上入っていると群集雪崩の危険があるって言われているのですけども、今回間違いなくそれ以上の密度になっていますので

集まった大勢の人で、路地は「危険な密度」に。
さらに…

関西大学・川口寿裕 教授:
一定の勾配の坂道であればまだ良いのですけども、合流する部分で下り坂からちょっと平らなところに合流するということになると、そこでちょっと傾斜が変わりますよね。
あれだけの人が集まっている、足元が見えない状況ですので、誰かがつまずいてしまうとそれをきっかけに転倒が起きるっていう可能性は十分にありますね

路地を確認すると、通りの脇にも段差があり、人込みで足下が見えない中でつまづく危険性があるように見えます。さらに、ハロウィーンで賑わった29日は、散乱するゴミでさらに足元が危険な状態でした。

関西大学・川口寿裕 教授:
一方通行になっている方が、群衆事故は起りにくいですね。
例えば、ある程度までの人の混雑具合ならば、渋谷の交差点でもそうですが、人ってうまく前の人について行ってレーンを作ってうまく交差して行くのですけれども、ある程度の密度を超えてしまうと、それが上手くいかなくて、正面衝突をするような形で人がぶつかりあって混雑が発生します

(めざまし8 10月31日放送)


 


【ソウル=桜井紀雄】韓国・ソウルの繁華街、梨泰院(イテウォン)の路地で150人以上が犠牲となった雑踏事故で、特定のグループが「押せ、押せ!」とあおり立てたことが事故につながったとの見方が出ている。多数の若者らの命を奪った凄惨(せいさん)な事故だったこともあり、ネットでは特定人物に責任を転嫁しようとする「犯人捜し」が過熱している。

韓国メディアによると、事故を巡っては「『押せ、押せ』という声が聞こえ、周りの人たちが押されてドミノみたいに倒れた」といった証言が相次いでいる。

ネットに動画を投稿するユーチューバーで、現場にいたという女性は交流サイト(SNS)で、後ろから「押せ、俺らが勝とう」という声がし、「突然、強い力が加わった」と振り返った。ウサギの耳の形をしたヘアバンドの男性ら5、6人が「押せ」と言って押し始めたとの証言もある。

当時は人の波を統制しようと、「後ろに下がって」と呼びかける声も複数上がっていたという。韓国語で「押せ」を意味する「ミロ」と「後ろへ」の「ティロ」は発音が紛らわしく、「後ろへ」との呼びかけを聞き違えて周囲の人が「押せ」と叫んでしまったとも指摘されている。

他にも、現場近くのナイトクラブに逃れようとした人の立ち入りを拒んだとされる警備員に対しても、処罰を求める声がネット上で上がっている。

警察は、事故に巻き込まれた人々が撮影した動画や防犯カメラ50台以上の映像を確保し、事故原因を調べているが、今のところ、犯罪容疑の適用を検討するほどの対象はいないという。

人を故意に押したことが事故を招いたとすれば、未必の故意による殺人罪が適用できるとの指摘もあるが、現実的には「押せ」との声と大規模な転倒との因果関係を立証するのは困難だ。

だが、高校生ら300人以上が犠牲となった2014年の旅客船セウォル号事故当時と同様に、標的を捜しだして、非難の矛先を向けようとする世論の過熱が収まる気配はない。

ウサギの耳形ヘアバンドをして現場周辺にいたことから、ネット上で写真を公開され、個人攻撃を受けた男性もいる。男性は1日、SNSで事故前には別の場所に移っていたと説明。「魔女狩りはもうやめてほしい」と訴えた。




人をなるべく分散させ、流れをつくる

群衆の流れをつくり、ノウハウを見せた渋谷の警官