心の病を抱える若い教員が増えている。2020年度までの5年間で、精神疾患で休んだ20代教員の在職者に占める割合は1・5倍へと増えた。仕事を苦に自殺を図る20代教員の割合も、ほかの年代の教員と比べて高い傾向がみられる。文部科学省は来年度、公立学校の教員のメンタル対策に本格的に乗り出す。(佐々木伶)

 「業務を断れず、限界までがんばってしまった」

 2017年、当時29歳だった大阪府立高校教諭の男性(34)の心身に異変が表れた。

 学級担任や部活動に加え、生徒のオーストラリアへの海外研修の調整や引率を任された。連日深夜まで働き、休みは部活動のない定期テストの期間中だけだった。

 海外研修の直前、頭痛や胸の痛みを覚えた。受診すると、医師から「1か月は就労不可」と言われた。だが、代わりに引率できる教員がおらず、診断書を病院に返還した。「自分がやらなければ、困るのは生徒だと思った」からだ。

 その後、適応障害と診断され、休職を繰り返した。現在は復帰しているが、薬と通院は欠かせない。男性は「業務量を減らせないなら、教員を増やすしかないのでは」と訴える。

 福井県美浜町の団体職員の男性(62)は数年前、教員になりたての長男(享年27歳)を自殺で失った。残された日記には、仕事での苦悩がつづられていた。

 長男は福井県内の中学校の正規教員となった1年目、学級担任や社会科、野球部の副顧問に加え、専門外の体育を担当。指導困難な生徒の保護者にも対応した。「過労死ライン」とされる月の残業80時間を最大90時間超えていた。

 長男の日記には、仕事に追われる様子が記されていた。「授業の準備が追いつかず、眠るのが怖い」「(保護者に)どう話しても烈火のごとく反撃がくる」「終わりを感じ、涙が出そうになる時がある」――。

 男性は17年2月、学校側に安全配慮義務違反があったとして県と町を相手に約1億円を求めて提訴。福井地裁は19年7月、業務と自殺の因果関係を認め、県と町に約6540万円の賠償を命じた。

 判決では、「過重労働は明らかだったのに、(管理職が)業務を変更するなどの義務を怠った」と指摘。長男が自殺前に精神疾患を発症していたことも認定した。

 日記には「新しい方法での1年生の授業では、分かりやすかったと感想をもらえた」との手応えもあった。男性は「息子は子どもたちのために弱音も吐かず、一生懸命に仕事をしていたのに」とつぶやいた。

ベテラン大量退職、相談機会少なく

 文科省によると、20年度に心の病が原因で1か月以上休んだ公立学校教員は9452人に上った。20代の教員に占める割合は1・43%(2140人)で、16年度の0・91%(1286人)から1・5倍へと増えている。

 警察庁のデータを基に厚生労働省がまとめた資料によると、21年までの5年間に自殺した20代教員61人のうち、「勤務問題」が理由に含まれていたのは49%と半数を占めた。ほかの年代では、30代が32%、40代が35%、50代は44%だった。

 背景には、教員不足や団塊世代の大量退職で若い教員の業務負担が増えていることがあるとみられる。

 担当外の教科を教えることが増えたほか、新任教員もすぐに学級を担任し、保護者対応をするようになった。ある中学校長は「若手に多くの業務が集中する一方、ベテランの不在で相談する機会が減っている。管理職も忙しく、若手をケアする余裕もない」と漏らす。

 文科省は来年度予算の概算要求で、教員のメンタルヘルス対策の調査研究事業に9000万円を新規に計上した。自治体に委託し、病気休職の原因分析や対策の効果を検証する。成果のあったモデル事業を新たな施策として全国に広げたい考えだ。担当者は「教員不足のなか、若手休職者の増加は学校現場をさらに窮迫させる」と危機感をもつ。

 教員の働き方に詳しい小川正人・東京大名誉教授は「多くの業務を抱え、経験の少ない若手教員は自分を追い詰めるような働き方になりがちだ。管理職は業務量や労働時間を把握し、適切に配分するよう努め、相談しやすい雰囲気を作ることが必要だろう」と話している。








 小中学校の教員の働き方改革がいまだ進んでいない。教員の業務負担の軽減を図ろうとカウンセラーや補助職員など公立校の外部人材の数を、政府や自治体は2015年度から2倍に増やしたが、教員の残業時間はほぼ減っていない。授業以外の業務について、管理職らによる削減が不十分だという声が、現場からは根強い。

「出世を狙う管理職は全部やろうと」

 「外部人材は助かる部分もあるけど、子どもに直接関係のない業務が多くて仕事量はさほど減っていない」。東京都内の中学校で働く男性教員(41)は語る。教育委員会から求められる報告書類が多く、いじめ、不登校など種類もどんどん増える。学力向上のため自治体が活用する民間テストも、答案をコピーしてわざわざ自校で採点。「結果がくる前に、校長が教委に報告するためだけにやっている」とため息をつく。

 都内の小学校の女性教員(59)は、英語やプログラミングなど教える内容が増えて負担を感じる。始業前や放課後学習などを行うよう教委から求められ、「教委は新しい取り組みの通達はするけれど、やめていいことは明確化しない。出世を狙う管理職は全部やろうとする」と不満を語る。

支援員、カウンセラー、部活指導員

 日本の教員は、本業の授業以外にも、電話・来客対応などさまざまな業務に追われている。政府と自治体は負担軽減のため、支援員やカウンセラー、部活指導員、学習指導員といった外部人材を増やしてきた。その数は2015年度の3万5200人から、2022年度は公立の小中学校など約3万校の7万400人まで増加。国と自治体はこの間の予算として計約2960億円を費やした。

 教職員の定数は近年69万人ほどの横ばいで推移し、児童生徒数の方が減少幅は大きい。その結果、児童生徒40人に対する定数は1989年度で2人だったが、2021年度は3人になっている。

「教育的意義がある」が殺し文句に

 しかし、連合総研が教員1万人に行った今年の調査では、残業時間の平均は月123時間と過労死ライン(月80時間)を超え、2015年の前回調査から減ったのはわずか6時間。同総研は、放課後の見回りや休み時間の対応、部活動といった業務の見直しがほとんど進んでいないと分析する。見直しの指針を示す文部科学省の担当者は「慣例にとらわれず見直すよう教委に周知している。予算支援や事例周知で取り組みが進むようにしたい」と話した。

 教育研究家の妹尾昌俊氏は「教育的意義があるという言葉が殺し文句となり業務を減らせず、教委や学校は自ら仕事を増やしがち」と背景を解説。「掃除など外部委託できる業務も見直す必要がある」と話す。

 教員採用試験の倍率は2000年度の13.3倍をピークに低下を続け、2022年度に過去最低の3.7倍となった。慶応大の中室牧子教授は「ブラックな職場のままでは人も来ないし、流出も止められない。人を増やす前に業務量や働き方を見直すべきだ」と強調した。



 


昨年には文部科学省主導で行われた「#教師のバトン」プロジェクトが炎上

 10月5日はユネスコが定める世界教師デー。国内では昨年3月、教員志望者の増加を目的に文部科学省主導で行われた「#教師のバトン」プロジェクトが炎上、結果的に教員の過酷な勤務実態が注目されることとなった。教員の働き方改革が急務となっているなか、顔と実名を公にし、教育現場の労働環境改善を訴え署名活動を行っている現役の高校教員がいる。岐阜県の公立高校に勤務する西村祐二さんに、教育現場の実情と改善策を聞いた。

 西村さんが初めて教壇に立ったのは32歳のとき。大学在学中に演劇に興味を持ち、卒業後は役者をしながら映像制作に携わるも、30歳を機に教員採用試験を受け教員の道へ。大学院で2年間教育について学んだ後、岐阜県の定時制高校に赴任した。当初から残業は膨大な時間に及んでいたが、最初は今ほど疑問を抱くことはなかったという。

「勤め始めて10年くらいは、授業をするにあたって、とにかく準備に時間がかかるんです。授業の流れや、資料作り、分かりやすくするためのICT(情報通信技術)の活用など。1時間の授業には1時間の準備がかかるという目安が国会で示されたこともあります。もちろん、ベテランになれば授業準備もこなれてきますし、こだわり始めればキリがない作業なので、そこは一人一人のさじ加減次第。授業準備に関しては教員の裁量に委ねられている部分が大きいですが、とはいえまったく準備しなければ授業にならない。今後は必要な授業準備時間を算出して、それを勤務時間に組み込むべきと思います。ただ、問題はそれよりも、膨大な量の雑務や望まない部活動顧問にあります」

 初任校では、数百人の生徒全員分の出欠データを2人の教員で管理。夜の授業が終わった22時からその入力だけで1時間以上の作業時間を取られた。この他、奨学金の受付業務では生徒一人一人の家計状況を確認。申請書類の確認も多く、本来事務職員がやるような仕事が教員の業務に上乗せされていると感じたという。さらにそれ以上に負担となっているのが、実質的に顧問を強制されている部活動。西村さんの場合、初任の定時制高校では演劇部など専門性を発揮していたが、2校目の高校に赴任した際に、県内でも強豪の吹奏楽部の顧問を引き受けるよう校長面談で告げられたという。

「校長からは『土日両方とも来る必要はないから、土曜日だけいてくれたらいいよ』と言われ、私は『それは職務命令ですか?』と確認しました。校長は『私にも分からないが、先生方には職務だと思って頑張ってもらいたい』と。結果的に吹奏楽部は外れて負担の少ない写真部になりましたが、これをきっかけに給特法について調べ始め、教員を取り巻く理不尽な労働環境について知識を深めていきました」

公立校教員の時間外労働増加の要因として挙げられる、50年前制定の「給特法」

 公立校教員の時間外労働が増える背景には、1972年に施行された「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」、通称「給特法」と呼ばれる法律がある。教職員には給料月額の4%を支給する代わりに、原則として時間外勤務手当・休日勤務手当を支給しないことを定めた法律で、これにより残業が無制限に増加。制定された約50年前に月8時間程度だった残業時間は、2021年に小学校で約97時間、中学校で約114時間に膨れ上がっているという調査もある。

 西村さんは教育現場の現状に疑問を抱き、5年目にツイッターを開設。同じように声を上げる教員たちとSNSでつながり、6年目の2017年11月には、国の有識者会議である中央教育審議会に合わせ、顔と実名を伏せ待遇改善を訴える記者会見を行った。その後、教育現場を代表して国会から参考人招致を受けたことを機に実名を公表。給特法改正を訴えるオンライン署名など、国に現場の教員の声を届ける活動を行っている。

 教員の時間外労働が問題視されながら、なかなか改善されない背景には財源の問題があるという。

「教師の残業時間が過労死基準を超えているのは国も把握していますが、なかなか改正に至らないのはお金の問題に尽きます。改正で新たにかかる費用は約9000億円。現在教師が無給で行っている膨大な事務作業などを、有給にするだけの財源の目途が立っていないのが実情です」

 政府は今年7月に教員免許更新制を廃止。より教員になりやすい制度作りを方針に掲げている。少人数学級の推進に伴い教員数の増加も議論されているが、数を増やすだけでは不十分と西村さんはいう。

「ただ人が増えても、残業に歯止めがかからなければ、結局学校では仕事が増える結果になると思います。残業が自発的勤務と定義され、教師が好きでやっていることという前提では、コスト意識が働かないし、生産性を上げて定時で帰ることが評価されないんです。まずは残業を残業と認め、残業代支給はもとより、残業に絶対の歯止めをかける罰則つきの上限規制が必要です。すぐには無理でも、例えば改正法の施行を5年後に定めれば、いや応なく無駄な業務を削減する方向に進んでいく。それでも必要な残業にはちゃんとお金を払うことで、業務に対する優先順位の意識や仕事に対するモチベーションも上がり、教員志望者の増加にもつながってくると思います」

 なかなか進まない教員の待遇改善と、それに伴う深刻な教員不足。現場の声を反映した政策が求められている。ENCOUNT編集部