安倍晋三元首相(67)が奈良市で街頭演説中に銃撃され死亡した事件で、山上徹也容疑者(41)=殺人容疑で送検=が事件直前に出した手紙には安倍氏襲撃を決意したかのような文章が記されていた。10代の頃から母(69)が入信した宗教団体を恨み、団体の活動を安倍氏が支援したと解釈した容疑者。ツイッターや第三者のブログ、手紙に書き連ねた積年の団体への思いから、安倍氏殺害という凶行に駆り立てたものが浮かび上がる。

 「あの時からこれまで、銃の入手に費やして参りました」。山上容疑者が、団体の活動に批判的なブログの男性管理人(71)=松江市=に宛てた手紙には、こんな一文がある。

 さかのぼること約1年7カ月。男性のブログには2020年12月16日、ある書き込みがなされていた。「復讐(ふくしゅう)は己でやってこそ意味がある。不思議な事に私も喉から手が出るほど銃が欲しいのだ。何故だろうな?」。山上容疑者が記したとみられる。

 手紙はブログの言葉を引用し、母の入信した世界平和統一家庭連合(旧統一教会)が家庭崩壊をもたらした経緯に言及。「安倍(元首相)の死がもたらす政治的意味、結果、最早(もはや)それを考える余裕は私にはありません」と本文を結び、安倍氏銃撃を決意したことを示唆していた。

 山上容疑者は21年春ごろから手製銃の密造を始め、22年2月ごろまでに完成させたとされる。奈良県内の山中で試射を繰り返し、殺傷能力などを高めたとみられる。

 計画の着手は7月7日だった可能性がある。夜、岡山市で安倍氏が登壇予定の演説会を狙った。手紙は会場に向かう直前、近くのコンビニエンスストアにあるポストに投函(とうかん)された。この時は、警備体制などで断念、翌8日に奈良市で事件を起こした。

 手紙の文面を見た国際医療福祉大の橋本和明教授(犯罪心理学)は、強固な政治的思想よりも団体への不満を晴らしたいとの思いが見て取れると指摘する。「本人も本当に襲撃を実行できるのか、不安があったと思う。自分自身の背中を押す『決意表明』という意味で書いたのではないか」

 奈良県警は、山上容疑者が安倍氏の岡山訪問を3日に把握したとみている。6日にはJR奈良駅で岡山行きの片道切符を購入。手紙は印字されたもので、県警が自宅から押収したパソコンからは、手紙と同じ文面の文書データが見つかり、6日深夜に最後の保存がされていた。

 安倍氏を銃撃の対象に据えたのはなぜなのか。山上容疑者は「母が団体にのめり込んで破産した。団体が家族をめちゃくちゃにした」と供述しており、19年10月には来日した団体最高幹部、韓鶴子(ハンハクチャ)総裁を愛知県内で火炎瓶で襲撃しようとしたと説明。この頃始まった山上容疑者のものとみられるツイッターにも「憎むのは統一教会だけだ」と投稿していた。

 手紙には「(安倍氏は)本来の敵ではないのです。あくまでも現実世界で最も影響力のある統一教会シンパの一人に過ぎません」とあった。ジャーナリストの大谷昭宏さんは「韓総裁襲撃は難しいと悟った容疑者が、団体の悪質性を世に知らしめるターゲットとして安倍氏を選んだに過ぎない」と事件の構図を描く。

 銃撃前に手紙を投函したことについては「逮捕されてしまえば、自分の主張が世に伝わるかは分からない。背景には団体の問題があると社会に書き残したかったのではないか」と指摘する。

 ツイッターには団体への強い恨みの他に、母についての複雑な心境もつづられていた。

 親族によると、父は山上容疑者が4歳の頃に自殺し、一つ違いの兄は幼い頃に小児がんを患って右目を失明している。投稿では、家庭環境に触れた上で、母が大病を患う兄を気にかける様子を記し「オレは努力した。母の為(ため)に」と書かれていた。「オレは母を信じたかった」とも投稿され、母を慕う子の心情が吐露されていた。一方、「こんな人間に愛情を期待しても惨めになるだけ」と見限るような記述もあり、愛憎が交錯していた。

 甲南大の園田寿名誉教授(刑法)は「家族全体が団体にズタズタにされてしまったと考える中で、母も自分と同じ被害者なのだと山上容疑者は考えていたのでは」と心境を推察する。その上で母を含めた家庭環境についての投稿を重ねていたことについて「文章を書くことで自身を客観的に見て、抱える心の苦しみを昇華しようとしたのではないか。周囲に相談できる人がおらず孤独だったからこそ、思いの丈を書きとどめたと考えられる」と語った。【林みづき、小坂春乃、益川量平】



預金残高十数万円か 山上容疑者、無職で困窮2022/07/19 20:40産経新聞 

安倍晋三元首相(67)が奈良市での参院選の演説中に銃撃されて死亡した事件で、殺人容疑で送検された無職、山上徹也容疑者(41)の預金残高が十数万円だったことが19日、捜査関係者への取材で分かった。今年5月以降は無職で、少なくとも数十万円の負債を抱えていた。山上容疑者は安倍氏の襲撃を最終的に「7月に入って決意した」と供述しており、奈良県警は困窮への不安から襲撃を決めたとみて、生活実態を調べている。

山上容疑者は今年5月に派遣先の京都府内の工場を退職してからは収入が途絶えていたとみられ、自宅で試作を重ねていた銃の材料などはクレジットカードで購入した形跡もあった。県警は、山上容疑者の所持金や負債の状況について、さらに詳しく調べている。

また、県警は19日、山上容疑者が島根県在住の男性に郵送したとみられる手紙について、同じ文言の文書データが山上容疑者のパソコンから見つかったと明らかにした。最初に文書が保存されたのは6日午前で、最後の更新は同日夜だった。山上容疑者は7日夜、岡山市で開かれた安倍氏らの演説会場に銃を持参して向かっており、開始前に会場近くのコンビニに設置されたポストに手紙を投函(とうかん)する様子が防犯カメラに写っていたという。

一方、山上容疑者について、奈良簡裁は19日、勾留延長を認める決定をした。期限は29日。奈良地検は期限前に山上容疑者の精神状態を調べる鑑定留置を請求する方針を固めている。



元首相銃撃 「心がザワザワする」人に伝えたい五つのポイント2022/07/19 20:00毎日新聞 

 誰もが知る政治家が白昼の街中、公衆の面前で銃撃されるという衝撃的な事件。「心がザワザワする」「考えると眠れない」という声が聞こえてくる。ひとたびネット交流サービス(SNS)を開けば、事件を巡って考えの違う人への罵詈雑言(ばりぞうごん)も見受けられる。こうした事態に私たちはどう向き合えばいいのか。精神科医の香山リカさんと、お笑い芸人でネットリテラシーに詳しいスマイリーキクチさんに聞いた。【宇多川はるか】

 ◇話し過ぎることを控える

 「衝撃的な事件で心が揺さぶられるのは、誰にでもあることです」

 香山さんはそう前置きしつつ、注意すべきポイントを二つ教えてくれた。

 一つは「話し過ぎないこと」だという。

 「事件でショックを受ければ、言葉にして人に話したくなる気持ちは誰しもあります。ただ、最近の精神医療のトラウマケアの考え方では、ショック直後はまずは休む方がよいとされています。全てを吐き出し過ぎると、ネガティブな記憶が雪だるまのように膨らんで、恐怖が心に定着してひきずってしまうからです」

 時間をおけば、自分なりに振り返ったり、記憶の意味づけをしていったりする時期がやがてくるが、とにかく「直後は休もう」、というわけだ。

 とはいえ、一切話さなかったり、考えなかったりすることも難しい。香山さんも「無理やり、『考えてはダメ』、とかは不自然です」として続ける。

 「心を許せる人と気持ちを共有し合うのはいいと思います。ただ、感情が高まって歯止めがきかなくなったり、『許せない』という思いが強く芽生え始めたりすると、それが自分の心の傷になるかもしれません。そういう時は、自分で気をつけたり、他人がそのような状況なら声を掛けたりしてみてください。『話し過ぎることを控える』という勇気も大事です」

 ◇リラックスの時間を普段より多めに

 もう一つのポイントは「リラックスする時間をいつも以上にとること」。

 恐怖や緊張を感じ、身構えた状況になると、自律神経のうち交感神経の働きが高まるという。

 「そうなると、身体は『非常事態』となり、長く続けば意識しなくても、胃もたれや動悸(どうき)、不眠、肩こり、頭痛といった不調につながってきます」

 そういった不調を回避するには、意識的にくつろぐ時間を多くとることが大切になってくるとする。

 「食後のお茶の時間をいつもよりちょっと長くするとか、シャワーだけではなく湯船につかるとか、そういうことでいいんです。身体がすくむ状態にし続けないようにしましょう」

 ◇感情が揺さぶられると荒れるSNS

 そうは言っても、手元のスマートフォンからは情報が次々と流れてくる。スマイリーキクチさんは、事件後のSNSの情報について「正直驚いた」という。

 「事件を語っているようで、思想が違う人に対する憎悪、憎しみの言葉があふれていました。攻撃的な殺害予告のような文言もありました」

 1999年に身に覚えのない殺人事件の犯人だとネット上に書き込まれ、約10年にわたって殺害予告や誹謗(ひぼう)中傷を受けてきたスマイリーキクチさん。自身の被害体験が繰り返されない社会にしたいと、インターネットに関する講演会やマナー講習を続けてきた。

 それだけに「10年以上前と何も変わらないのかなと。自分の中の正義で言葉が暴走している人にとっては、何をしても全く通じないことがよく分かりました」と声を落とす。

 ただ、こうしてSNSで言葉が荒れるのは、もちろん今回だけではない。

 「少年犯罪や卑劣な事件など、感情が揺さぶられる事案が報道されると、情報が錯綜(さくそう)し、人をたたいたり、つるし上げたりする現象がコンスタントに発生しています」

 ◇スマホから一回離れよう

 衝撃的な事件に感情的になるのは「人間の性(さが)」でもある。ではそうしたことを知ったうえで、どのように対応すべきだろう。スマイリーキクチさんは三つのポイントを教えてくれた。

 一つ目は「強い怒りを感じている時ほど、スマホの情報から一回離れること」

 スマイリーキクチさん自身が中傷を受けた事件も、他の近年の誹謗中傷事件でも、「イライラしていた」という加害者側の動機は一致するという。

 子供たちに向けた講演でよく使うのが「トイレットペーパーの芯」との表現だという。

 「自分好みの情報ばかり集めていては、芯の筒から世間を見ているようなものです。その情報で誰かに怒りを向けてしまえば、中傷の加害者になる」

 だからこそ、ストレスを感じている時ほど「いったんスマホから離れて、対面でのコミュニケーションを大事にして」と呼び掛ける。「話し相手がいなければ、スマホの画面ではなく、空を見上げてみましょう」

 ◇SNSは「怒り増幅装置」

 それでも、事件の真相が気になってしまってSNSから離れられない場合は、どうしたらよいか。

 二つ目のアドバイスは「SNSは怒りを増幅させる装置と知ること」だ。

 「SNSは喜怒哀楽の感情のうち、『怒』を拡散させやすいツール」と説くスマイリーキクチさん。「『悪者』を決めつけてあおるような報道やブログ、さらには『批判殺到』などと『炎上』をプロモーションに使おうという広告もある。なぜか。『怒り』がお金になるからです。さまざまなネットの情報がある中で、『怒りを買う』という情報もあるということを認識しておくことは大事だと思います」

 ◇「責任を持てることだけ書こう」

 そして最後のポイントは「発信するのなら、『思ったことを書く』のではなく、『責任を持てることだけを書く』こと」。

 至極当たり前のようにも思えるが、スマイリーキクチさんは言う。「『表現の自由』は何をしてもいいと思い込んでいる大人たちが多いと思います。それは『自由』ではなく『無法』です。講演をしていると、子供たちは理解してくれるんです。大人が分からないのは致命的です。子供たちに未来を託すだけではなく、大人が表現の責任を理解していかなければなりません」