読売新聞

 業務上のミスなどで生じた損害について、自治体が職員個人に賠償を請求する例が増えている。住民による行政監視が強まっていることが背景にあるとみられ、民間企業よりも厳しい対応が求められているようだ。(山本貴広)

「迷惑かけられぬ」全額支払い

 兵庫県では昨年11月、県庁の貯水槽の排水弁を約1か月閉め忘れたことで水道代約600万円が余分にかかったとして、県が50歳代の男性職員を訓告処分にし、半額の約300万円の弁済を請求。職場でカンパを募ることも検討されたが、職員は「迷惑をかけられない」と辞退し、昨年12月に全額を支払った。

 京都府向日市では2016年、災害時用の備蓄食料の購入で、納品を確認せずに代金を業者に支払った後に業者が経営破綻。半数程度の食料が未納になり、市は17年8月、当時の市長、副市長のほか、職員4人に計約750万円を請求した。

「損害の5割」

 地方自治法では、役所の物品の損傷などで「故意」か「重過失」が認められる場合、職員に損害賠償を請求できると規定している。「重過失」に当たるかどうかの判断は、自治体の裁量に委ねられている。

 総務省は自治体の職員個人に賠償責任が生じたケースについて2〜4年ごとに統計を取っている。1995〜98年度の4年間は45件だったが、2009〜11年度の3年間は54件、16、17年度の2年間は51件と増加傾向だ。

 職員はどの程度弁済すべきなのか。兵庫県が排水弁の閉め忘れで弁済額の参考にしたのが、東京都立高校で15年、8日間排水バルブが開いた状態でプールに給水を続け、都に約116万円の損害が生じたケースだ。

 都は注意義務違反にあたるとして、関係した教職員7人に半額相当の賠償を求め、全員が納付。この後、全額負担を求める住民訴訟が起こされ、東京地裁は訴えを棄却する一方、設備上の問題などを認め、職員の負担割合は「5割を限度に認めるのが相当」との判断を示した。

 一方、企業法務に詳しい村松由紀子弁護士によると、民間企業では、従業員が 萎縮いしゅく したり、責任のある仕事を避けたりすることを防ぐため、損害賠償を個人に求めることはほとんどなく、企業側が保険に加入して備えるのが一般的という。

 同志社大の太田肇教授(組織論)は「公務員は市民の税金を扱っている以上、民間よりも責任が厳しく問われるケースがある」と指摘する。

情報公開が浸透

 職員個人の賠償責任を問う自治体が増えている背景として、全国市民オンブズマン連絡会議事務局長の新海聡弁護士は、住民による行政監視の環境が整ったことを挙げる。01年に情報公開法が施行され、国の公文書を開示請求できるようになり、市町村でも同趣旨の条例の制定が進み、情報公開が浸透した。

 火災保険の契約切り替えができていなかったため、高知市が市営住宅で起きた火災の保険金を受け取れなかったケースでは、発生から4年後の04年に市民から住民監査請求を受けたのを機に、市が関係職員4人に計約700万円の損害賠償を請求した。

 総務省によると、自治体を相手取った住民訴訟の件数は、1992〜94年度(3年間)に334件だったが、2012、13年度(2年間)は483件、16、17年度(同)は512件に増えた。

 新海弁護士は「情報公開制度や住民訴訟が活用されるようになった結果、役所側のミスや不祥事が表面化し、職員個人の賠償につながっているのではないか」と話している。



 







FNNプライムオンライン

「18歳以下への10万円相当の給付」について、岸田首相は13日「年内からでも10万円の現金一括給付を行うことも選択肢の一つとしたい」と述べた。長引くコロナ禍は困窮する子育て家庭や若者の生活基盤を直撃している中、政府の10万円給付は果たして彼らを救うのか?若者やシングルマザーを支援する団体を取材した。

若者は依然として厳しい状況が続く

生きづらさを抱えた全国の若者に、大阪を拠点として支援活動を行っているNPO法人D×P(以下ディーピー)。ディーピーではこれまでLINEを使ったオンライン相談「ユキサキチャット」で、不登校の10代などに向けた就職や進学相談を行っていた。しかし2020年からのコロナ禍を受けてディーピーは、困窮する若年層への食糧や現金支援を始めた。

(関連記事:「政府は何もしてくれません」長引くコロナ禍で困窮する若者と子育て家庭)

理事長の今井紀明さんはこう語る。

「去年から始めた現金給付は約1200万円、食糧支援は累計約2万6千食です。その間、就職支援をしてきた若者の約半分が就職やアルバイトをし、1割は生活保護につなぐことができましたが、残りの若者は依然として厳しい状況です」

年末年始に孤立する若者に8万円給付する

こうした若者が年末年始を乗り切るためにディーピーでは、最大250人を対象にした現金8万円の給付を発表した。

「コロナの影響が1年半近く続いて若者の生活基盤が破壊され、いまでもその傷跡から回復するのは容易ではありません。年末年始に向けてこうした若者は孤立しやすく、精神的に落ち込んでいきます。この状況を解決するために、私たちは独自の支援策として8万円給付に動き始めたのです」

10代から20代前半の半分近くは非正規雇用で、特に女性の非正規雇用率が高く、ユキサキチャットの相談の7割以上が女性からだという。緊急事態宣言の解除で雇用環境は改善の兆しがあるとはいえ、依然として彼らには厳しい状況が続いているのだ。

「雇用環境自体は少しずつ改善してきています。しかし家賃などを滞納したり借金をしている若者も多く、働く気力を失ったり心身の健康を崩して通院にお金がかかるケースも多い。公的支援は確かにありますが、彼らの半数以上はその情報を知りません」(今井さん)

10万円給付から困窮する若者は抜け漏れる

今回政府が打ち出した10万円給付は、果たして困窮している若者を救う手立てになるのだろうか?今井さんは「かなり抜け漏れる支援だ」と語る。

「今回の10万円給付は18歳までが対象なので、親に頼れなくて1人暮らしをしている若者には給付されづらく、住民票を移していなければ親に届いて本人に渡らないこともあります。本来政府がするべきことは、例えば1人親家庭で児童扶養手当を厚くするとか、一時的にでも生活保護を大学生にまで広げるとか、単発で終わらない制度的な支援の充実だと思います」

また「いまの支援の仕組みは若者にとって不平等となっている」と今井さんは強調する。

「必要な支援をスピーディーにするために、1人1人を紐付けるマイナンバーの普及は一定程度必要なのかなと思っています。この課題をずっと解決してこなかった政府には、大きな責任があると思います。あとはオンライン申請をできるようにするのが必要です。若者は電話で相談という文化がなく、リアルの窓口に行って相談したり紙で申請するのに慣れていません」

国が出来ないなら民間で給付していくしかない

8万円給付を求める若者は全国から問い合わせがあり、なかには有名な私立・国立大学の大学生たちもいるという。ディーピーではこうした現金給付の原資を寄付に頼っている。

「いま個人のサポーターさんが2千300人を超えていて、法人も100社を超えています。私たちは給付条件を決め精査したうえで給付を行っています。しかし困窮する若者の孤立の解決にはとにかくリーチして、つながっていくのが大切です」

今井さんは「国が出来ないならば、民間が仕組みを作って行動しなければならない」と語る。

「年末年始は、孤立を深めやすい時期です。家族にも頼れず暮らす若者を、ひとりにしないためのご寄付にご協力ください。250名の若者を支えるために、あと800万円が必要です。ぜひ私たちとご一緒にとお伝えしたいです」

2年間も子どもにまともにご飯を食べさせられない

10万円給付について、2007年以来日本の子どもの貧困支援を行っているNPO法⼈キッズドアの渡辺由美子理事長は「非常に中途半端です」と語る。

「10万円という言葉が災害緊急支援なのか、分配なのかが曖昧なまま独り歩きをしていると思います。困窮子育て家庭、例えば、1人親で非正規で働きながら子どもを育てていたのにコロナの影響で仕事がなくなった人は、子どもにまともにご飯を食べさせられない状況が2年近く続いています。そういう家庭の生活を安定させることが最優先です」

困窮家庭にとっては明日のご飯をどうするかが切実な問題だ。そうした中で様々な自治体が反対している使途を限定したクーポンはどうなのか?渡辺さんは「余分なコストがかかるだけで、やめたほうがいい」と憤る。

「困窮子育て家庭にとってはとにかくご飯が必要なので、食料品が買えないと困るわけです。学習支援に使えますよと言われても、その“手前”が大変なのです。現金にしてお米や学校の制服を買えますとしたほうが絶対いいと思います」

社会が「困窮の人はもう大丈夫だね」となるのが怖い

キッズドアではこの年末年始に向けて困窮子育て家庭に食糧支援を行う。申し込みは現在2千600世帯を超えているという。その際行ったアンケート調査では(実施日11月29日〜12月6日・回答数2千585件)、回答者の多くがシングルマザーだった。

「回答者の8割近くは働いていますが、そのうち正社員は2割程度です。年収を見ると200万円未満が7割に達しています。貯蓄も50万円未満が75%です。保護者の健康状態を聞くとよくない、あまりよくないと答えた人が半数近くになっていました」

 

緊急事態宣言が解除されてから2カ月が過ぎ、社会はコロナ以前に戻りつつある。しかし渡辺さんは「社会のムードが『困窮の人はもう大丈夫だね』となるのがすごく怖い」と懸念する。

「過酷な状況は全く変わっていなくて、ご飯を満足に食べられない子どももたくさんいます。しかし『もう社会は戻ったんだから、収入がないっていうのは自己責任でしょう』という声が大きくなることを心配しています」

コロナ禍で増える「子どもを持つことはリスクだ、怖い」

アンケートでは、直近の精神状態について「絶望的だと感じる(33%)」、「価値のない人間だと感じる(35%)」、「気分が沈み込む(40%)」と、多くの保護者が自己肯定感、活力や意欲を失っていることもわかった。

渡辺さんはこう強調する。
「日本は子どもや子育て家庭に対して、災害時の特別扱いがほとんどありません。コロナ禍は非正規や特定の業種の人たちがずっと被災している状態で、被災者認定して支援をしていくべきです。コロナ禍の中で、『子どもがいると仕事に行けなくなる』、『子どもを持つことはリスクだ、怖い』と考える家庭が増えています。これでは日本はますます少子化になっていくでしょう」

いろいろな思惑が混ざって誰も満足できないものになる

10万円給付について渡辺さんは、「日本は子どもや子育てに対する分配が非常に少ないので、増やしてほしいというのはもちろんあります」としたうえでこう語る。

「しかしそれは例えば児童手当を高校まで延長するなど制度としてやるべきで、10万円を配って子育てに分配しましたよというのは違うと思います。もし子ども・子育てを応援するのであれば、960万で区切る必要はなくて、すべての子どもがもらえるようにした方がいいです。今回の給付はいろいろな趣旨が混ざっていて、結果的に誰にとっても満足できないものになるでしょう」

 

10万円給付はそもそも何を目的にしたものなのか?困窮家庭の支援なのか、子ども・子育て対策なのか。政治がこの問いに明確に答えられない限り、今回のような迷走は続き、多額の税金を使って誰一人救われないような政策となるだろう。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】




児相職員の性加害防止へ 自治体が取るべき対策を探る2021/12/13 06:30  毎日新聞

 横浜市の児童相談所(児相)の職員2人が一時保護中に知り合った女子中高生らとSNS(ネット交流サービス)で連絡を取り合いわいせつな行為をしたとして逮捕された事件を受け、市は児相職員と子どもがSNSで連絡を取る際のルールを見直した。職員と子どもが不適切な関係になるのを防ぐために自治体が取るべき対策は何か。児相の現場を知る有識者3人に話を聞いた。【聞き手・洪玟香】

 ◇専門職員で採用し育成 心理カウンセラー・山脇由貴子さん

 児相は子どもの命を預かる機関のはずなのに、職員の採用や運営が自治体任せであることが問題だ。採用基準があいまいだったり、育成期間が不十分だったりすることから、虐待に関する知識がない職員や愛着形成が不十分な子どもと関わる大変さがわからない職員が採用・配属され、子どもを客観的に見られない職員が増えているように思う。

 養育環境に問題があった子どもたちはわらにもすがる思いで職員を頼ることもあるが、職員は感情移入せず専門家として子どもと関わらなければいけない。その点で、自治体の職員としてではなく人事面でも独立させた児相職員として採用し、人材を育てることも一つの策ではないか。

 一時保護所の運営は自治体によって全然違うため、職員との私語や私物の持ち込みを禁止するなど厳しいルールを定めている現場は職員と子どもの距離は一定程度保つことができ、距離をとることは難しくはないのだろう。一時保護所内のルールをどう規定するかによって距離感や、距離をとることの難易度も変わると思う。

 ◇退所児童の自立支援を 弁護士・藤田香織さん

 子どもは乳児期から保護者からのさまざまな関わりの中で愛情を注がれて育っていくが、虐待を受けるなどして愛着形成が不十分な場合、子どもは児相職員に家族の代わりとしての存在であることを求めるケースがある。多様な悩みを抱えた目の前の子どもを守るため、年齢や状況などに即した対応が求められる職員に、一律のルールで子どもとの距離を限定することは難しい。

 むしろ児相は職員一人一人が適切に子どもと関わり、適切な距離をとることができるような専門性の育成を丁寧にやらなければならない。例えば研修などで職員同士が子どもとのやり取りで悩んだことなどを話し合う経験交流を組み込むのもいいと思う。

 また、退所児童が個別の職員と連絡を取らなくても自立支援が十分に行き届くようにすべきだ。児相として手紙や電話、無料通信アプリ「LINE(ライン)」などで子どものSOSを受け取れるよう、SNSを含めた連絡手段の間口を広げておくことが必要だ。

 ◇子のSOS届く体制に 立正大准教授・鈴木浩之さん

 児相職員と子どもが個別に連絡することを禁止するルールの有無にかかわらず、職員が私的に子どもと連絡を取るのはあってはならないことだ。

 虐待を受けたり、愛着形成に課題を抱えたりしている子どもは人との適切な距離感があいまいになり、親しくなった職員に攻撃的になったり、過剰にスキンシップを求めたりすることもある。職員は不十分な養育を受けた子どもが自身の体験を再現していると理解し、専門職として関わらなければならない。

 児相には職員が子どもとの適切な距離を測れているかをチェックしたり、職員から相談を受けたりする体制をつくることが求められる。子どもが示す行動と専門職が取るべき行動について、研修を続けていくことが大事だ。また、SNSで個別のやり取りを禁止するルールの明文化を徹底し、子ども側にもしっかり伝える必要がある。

 一方でSNSは今後、これまで以上に子どもがあらゆる場面でSOSを出すのに有効な連絡手段になる。児相が子どもと連絡を取れる公式のチャンネルとしてSNSを運用し、そのための管理体制を整備すべきだ。

 ◇メモ

 毎日新聞が児相を設置する自治体に対して実施した調査によると、職員と子どもが不適切な関係になるのを防ぐためのルールやガイドラインを明文化しているのは3割程度にとどまることが明らかになった。また、半数近くが子どもとの適切な距離のとり方を難しいと感じていることも判明。子どもの性被害防止と退所後も含めた支援の両立が課題となっている。

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 ■人物略歴

 ◇山脇由貴子(やまわき・ゆきこ)さん

 1969年生まれ。児童心理司として東京都内の児相に19年勤務した。東京都中央区にある「山脇由貴子心理オフィス」で心理カウンセラーとして夫婦や家族、子育ての悩み相談に対応している。

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 ■人物略歴

 ◇藤田香織(ふじた・かおり)さん

 1980年生まれ。横浜国立大法科大学院卒。2007年弁護士登録。09年から県内の児相の嘱託・非常勤弁護士を務める。13年から日弁連子どもの権利委員会事務局次長。

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 ■人物略歴

 ◇鈴木浩之(すずき・ひろゆき)さん

 1960年生まれ。95年から県鎌倉三浦地域児相など県内の児相に24年勤務し、県中央児相では虐待対策支援課長として県所管の5児相の後方支援を担当した。2019年から現職。