仏典童話 『福蓋正行所集経 第十』   えらばれた婿 | 九頭竜のブログ

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(1)

その家は農家だったが、村一番の金持で、屋敷も広く大きい。
田畑もたくさん持っており、多くの男をやとって、たがやさせていた。
主人は、六十に近かったが、ふかく仏様の教えを信じ、心がやさしく、金持であることを鼻にかけて、いばったりはしない。だから、みんなから好かれ敬まわれていた。

ひとり娘がいた。

ちょっと近在にはみかけられないほど、きれいな娘だった。主人の可愛がりようが、一方ではなかった事は、いうまでもない。

娘は年ごろになった。

村人たちは、
「どんな立派な婿が、えらばれるだろうか。金持で器量よしの娘だから、どんなに身分の高い家の息子でも、喜んできてくれるに違いない」と、うわさしあった。

婿が、きまった。
みんなは、あっとばかりに、驚いた。事もあろうにそれは、その家のやとい人として、泥まみれになって、田畑をたがやしている、貧乏人の息子の、口ーマカだったからだ。



みんなよリももっと驚いたのは、当人の口ーマカだった。
もちろん、うれしかった。だが、主人が、何の取り得もない自分を、大切な娘の婿にえらんでくれたのか、訳がわからなかった。
式がすんだ。ローマカは夢うつつであった。
主人は、にこにこして、「いい婿をむかえて、わしも安心だ」と、よろこんでいる。
自分のどこが、いい婿なのか、ローマカにはわからない。そんなある日のこと、主人がやさしく、いった。
「お前、これから、牛に車をひかせて山へ行き、薪をとってきてくれないかい。」
「はい、すぐ行ってまいリます。」
ローマカは、張りきって答えた。
ここで、いいつかった仕事を立派にはたし、いい婿としての腕前をみせる時だと、思ったからだ。
 さっそくローマカは、いわれたとおり、牛に車をひかせて山へでかけ、山はらに車をとめて林へはいり、一生懸命に木を伐った。そして、ふと車の方をふリむくと、牛がいない。
 牛のねうちは、薪どころの話ではない。
ローマカは、まっ青になってとびだしてくると、
「盗まれたのかな、それとも追い網を切って逃げたのかな、とにかく早く捜し出さねば…」
といって、大あわてに、あたりをうろうろと捜しまわった。しかし、どこにもいない。



がっかりして、車のおき場までもどってきたローマカは、今度はずきんとするほどびっくりした。
さっきまで、たしかにそこにあったはずの車が、かげもかたちもなかったからだ。
 「盗まれたものに違いない。こんなことでは、主人から、どんなおしかりをうけるかわからない。なんとしてでも探し出さなければ、あいそをつかされる。」
ローマカは、必死だった。
目の色かえて、かけまわるように、山中を捜したが、みつからない。がっかりした。
そのうちに、山の中にある大きな池の堤へ出た。
見ると水面に、たくさんなきれいな水烏が、楽しそうに泳ぎまわっていた。
ローマカは、ふと、
「そうだ。せめてあの水鳥をとって、土産に特って帰ろう。よくこえて美味しそうなやつだから、主人は喜んでくれるかもしれない。」
と、思った。
それで、腰にさしていた手斧をひきぬくと、ねらいを定めて、それを水鳥に投げつけた。だが、見事にはずれた。
水烏は、おどろいてとびたち、手斧は水しぶきをあげて、水の中へ沈んでいってしまった。
「あ、しまった。あれは主人が大事にしていた斧だ。なくしたら、どんなにおこるかわからない。はやくひろってこなければ…。」
ローマカは、あわてて着物をぬぐと、池のなかへとびこみ、なんべんも底にもぐって、さがした。
たしかに、このへんだと思うのに、どうしてもみつからない。
ローマカは、へとへとにつかれた。寒い。
それに、だんだん、夕暮れがせまってきて、水の底はうすぐらくなり、はっきり、ものがみえなくなった。
「もう、だめだ。あきらめるよりほかはない」
ローマカは、しょんぼりと、堤へはいあがった。
そして、着物をぬいだところまでいくと、突然、頓狂な声で、
「あっ、ない。着物まですっかり、盗まれてしまっている。だれだ。いったい、俺をどこまで苦るしめたら気がすむのだ」
と、さけんだ。
まるで、泣き声だった。


いくらなんでも、裸では、帰れない。
ローマカは、人目をさけて、暗くなるまで、木かげにかくれて、まっていた。
ぶるぶる、身体がふるえた。
寒かったが、ふるえるのは、その爲ばかりではなかった。
せっかく、いいつけられた仕事で、みんなより、すぐれた腕前をみせようと、木を伐ることに熱中しすぎていた爲に、牛を盗まれ、車をとられ、斧を失い、着物をなくして、事もあろうに、裸にされてしまうような、まぬけた事になってしまったことを知れば、いくら心のやさしい主人でも、あいそをつかすに違いないと、思うと、もう、おしまいだと思ったからだ。おいだされるにきまっている。それで、金持のあととりとなり、きれいな娘の婿にえらばれた喜が、一辺に、夢のように、消えさってしまう事になる。
ローマカは、くやんでも、くやみきれない。
泣きだしたいような気持だった。
「なんておれは、運の悪い男だろう。だが、今さら泥棒をうらんでみたところで、どうにもならない」
 あたりが、すっかり、暗くなってしまった。
 ローマカは、カなく立ちあがると、
 「とにかく、家へ帰って、こっそり白分の部屋へはいって、着物をきてから、ありのままを主人に申しあげよう。その上で、でていけと云われたら、出て行くよりほかはない。なんぼなんでも、はだか姿では、あわせる顔がないので…。」
と考え、村人にみつからないように、まるで野ねずみのように、闇から闇へと、ちょろちょろとつっ走って、やっとのことで家へたどりついた。
 ひそかに門をくぐると、広い庭を横切り、いくつも建ちならんでいる倉のあいだをぬけて、大きな屋敷のはしにある自分の部屋の窓をあけ、そっと中へ、しのびこもうとしたときだ。
突然、すぐ近くから、「泥棒だ。おーい、みんなきてくれ。」
という、やとい人の大きな声が、ひびきわたった。
 おどろいたローマカは、すぐ近くの植こみの中へ逃げこんで、身をひそめた。
 遅くまで仕事をしていたのか、大ぜいのやとい人たちが、かけつけてくると、みつけた男は、「だれか、御主人に知らせてくれ。素っ裸なおかしな泥棒だ。植こみのあたりへ逃げこんだから、ひっ捕えてひどい日にあわせてくれ。」と、さけんだ。
 ローマカは、動くわけにはいかなかったので、すぐみつかった。
 いきりたったやとい人たちは、
 「宵の口だというのに、ふといやつだ。足腰の立たぬまで、なぐりつけてやれ。」
といって、持っていた棒で、ところかまわずなぐリつけた。
 ローマカは、 「おれだ、おれだ。あやしい者ではない。」
とさけんだが、がやがやいっているみんなには、聞こえなかった。
 ひたいがきれて、血がふきでた。
 なにせ裸だから、身体中に傷をうけ、ローマカは、息もたえだえになってたおれた。
 火を持った主人の来るのが、少しおくれたら、なぐり殺されていたかもしれない。

泥棒が、ローマカだとわかると、主人は、すぐ、座敷へ運ばせ、娘とともに、手あつくきずの手当をしてくれた。
 やっと人心地にもどると、ローマカは、やさしくしてもらったことを、泣いて喜びながら、今目の出来事を、一部始終ものがたって、いった。
 「なんとかして、御主人に、喜んでもらいたい一心でやった事ですが、どうしたわけか裏目裏目にでて、とうとうこんな事になってしまいました。だが、へまをやるにもほどがあります。はずかしくって、あわせる顔もありません。」
 主人は、笑いながら、いった。
 「どうして裸なのか、不思議に思っていたが、それでわけがわかった。世の中の事は、うま くいかないと、そんな事が、得てして重なって起こるものだ。それでくじけてはいけない。」
 「はい。だがわたしは、今日のしくじりで、白分にはなんの力もとりえもない、まったくの 能なしで、こんな立派な家の婿にえらばれる資格など、少しもないことがわかりました。」
 「どうかこのろくでなしを、おいだしてください」
 「ローマカよ。お前は、お前を婿にえらんだわしの目を、ふし穴だと思っているのかい。」
 「は?」
 「わしがお前をえらんだのは、みせかけのすぐれた腕前などをみせてもらう爲ではなく、お前が人がみていようがいまいが、そんな事におかまいなく喜んでよく働く男で、人には親切でやさしい心をもっていることを見込んだからだ。」
 「それに大勢のやとい人の中で、ご飯を食べるとき拝んでいただいているのはお前だけなのをみて、お前をえらぶ事にしたのだよ。」
 「さらに今日のしくじりによってお前は、自分にはなんの力もとりえもない、おろか者だということを知った。」
 「これは仏様の教えに近づく一番大切な心を学びとったわけで、いよいよこの家のむことしてのりっぱな資格を得たことになる。」
 「これからは、みんなで一緒に仏様の教えをきかせてもらい、明るくしあわせにくらす事にしよう。」
 ローマカは、その言葉をきくと、にわかに生き生きと目をかがやかせて、いった。
 「はい、御主人さま、ありがとうございます。よくわかりました。これからはしっかり、仏様の教えを、きかせていただきます。」
 「御主人ではない。わしは、お前の父じゃないか。」
 ローマカはあわてて、
 「は、はい、御父上さまごいっしょに…。」
と、いいかえたので、にわかにわっと笑いごえがあがった。