リタというおばあさんは六十歳に近い。
大金持ちの夫が死んだ。三人の息子があいついで死んだ。
ひとりぼっちになった。
すると今までぺこぺこしていた出入りの男たちの目はずるく光り、「この書類に印を押してください」といった。
リタは、人を疑うことをしらない。印鑑を押した。
またたくの間に、財産も家も土地も、だましとられてしまった。
だがリタは、仏様のおっしゃるとおり、ある物はいつかなくなっていくと思っていた。
だから、にこにこしていた。うらんだりしなかった。
世の中の人は、あざ笑って相手にもしてくれなかった。
リタは、となりの国へいくことにした。国ざかいのけわしい山を越えた。べつにあてがあるわけではない。
リタは、腹がへって足がひょろついた。
もう一歩も歩けそうにない。ちょうど長者の家があったので、おそるおそる中へはいっていった。
長者の奥様というものは、たいていつんとして、顔をしがめて、冷たく追い返すにきまっているからだ。
しかしそこの奥様は、ちがっていた。
わけをきくと、「それは気の毒に。」といって、すぐ縁先でごはんを腹一杯たべさせてくれた。
長者もでてきて、リタの身の上話をたずねると、
「わしたちは、なるべく人を使わないことにしているが、もしあなたさえよければ、いつまでもうちで働いてくれてもかまわない。」と言ってくれた。
「そうしていただけたら、こんなうれしい事はありません。なにひとつ、ろくに仕事はできませんが、そのかわり一生懸命にいたします。」
リタは、なさけ深い長者のいえにやとわれることになった。
くらしの心配はない。
なにもかも、おかげさまだと喜んでいるリタのすることにはかげひなたがありません。
長者夫婦も、まるで家族のように、親切にしてくれました。
ある日のことだった。
めずらしく市へでたリタは、市はずれの森でやすんでいる坊さんの一行を見た。
ぐったりと疲れている。
「どうかされたのですか。」
「朝から市中を托鉢してまわりましたが、すこしも食物がいただけず、こまっています。」
以前、夫と共に、おおぜいの坊さんを招いて、しばしばご馳走したことのあるリタは、その話を聞くと、じっとしておれなかった。
「しばらく待っていてください。」
というと、あわててとってかえり、頭を床にすりつけて、おくさまにたのみました。
「これから一生涯働かせていただきますから、お願いです。私のからだを十万円で買っていただけないでしょうか。」
「そんなお金、なににいるのですか。」
「そのわけはいずれお話いたしますが、急にいることになったのです。御用立てくださいませ。」
「あなたの事ですから、喜んでお頼みどうりにしましょう。」
リタは、いそいで森へかけつけていくと、
「早く食事をとって、元気に修行を続けて下さい。」と、そのお金をさしだした。
みなりのまずしいリタの御供養が、あまりの大金なのに驚いた年寄りの坊さんは、
「どうしてこんなに…。」とあやしんできいた。
リタは、仕方なく身の上話をし、身を売って手に入れたお金であることもあかした。
坊さんたちは、ひどく心を打たれ、
「これこそが、ほんとうの御供養というものだ。今日の食事は、生きた人の肉を食べるのと同じことだ。」
といって、心からリタに頭をさげた。
その話をきいた王様は、さっそく家来をやって、
「リタに、すぐお城にくるように…。」と呼びにやった。
リタは、王様の言いつけだと聞くと、おそれおののきながら、
「私のからだは長者のもので、私の自由になりません。」
と答えました。王様は「なるほどな。」
と、笑ってうなずくと、今度は長者に、リタをつれてくるようにと、いいつけました。
やがて二人が、王様の前にひざまずくと、王様は、大変よろこんで、
「リタよ。」と、やさしくよびかけました。
「わしは、この国の王として、かぞえきれないほどたくさんのお金と、宝物をもっている。
けれども、いまだかって一度も、それを坊さんに御供養したことがない。こまっている民に、ほどこしたことがない。
あなたが、身体をうってまで御供養されたとの、とおとい話を聞いて、わしは、立派な王様になる道に、はっと気づかせてもらったのだ。
あなたは、わしの先生である。これから、この宮殿に住んで、わしに、いろいろの事を、教えてほしい。」
「ですが、わたしは、なにも知りません。ただ、仏様の教えを、信じているだけです。」
「そのことで、先生になってほしい。」
「しかし、私のからだは長者のもので、思い通りにはなりません。」
「いや、そのことも、すでに、長者とは話がついているから、案ずることはない。」
リタは、御殿にむかえられた。
もちろん、その爲に、たかぶったりするはずはない。
王様は、リタを先生としてあがめた。
家来たちも、侍女たちも、リタを先生として、仏様の教えをたっとんだ。
仏様の教えは、国中に広まり、その国はとてもいい国になった。