2015年5月 クルーズカジノ旅行 その3 (済州島リベンジ、同じ方法でやりかえしたい) | マカオカジノブログ(旧マカオカジノ通信) with 澳門博彩股份有限公司(SJM)

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趣味の領域であるマカオカジノ旅行記。
たまにマカオ以外の旅行先のカジノやカジノ以外のネタも入ります。

2015年5月3日(日) 3日目 (済州島寄港日)

済州島。

ちょうど3年前の2012年6月、社員旅行でこの地を訪れ、
わたしは非ギャンブラーの衆人(≒部下とも言う)を前にして、
恥ずかしくもギャンブラー特有の精神崩壊を起こしたのだ。
※そのときの模様はこちら

その後、翌年の社員旅行でこそカジノのあるセブ島を選択したものの、
昨年は鹿児島、そして今年は沖縄と、非ギャンブルの地を選択するに
至っている。

つまり、済州島はわたしにとって乗り越えなくてはいけない
場所なのだ。

9時起床。
11時30分、済州島に到着。


12時15分、船外へ。
最終帰船時間は19時30分だ。
出入国審査はまとめてやってくれたので手間はない。


タクシー待ちの列に並ぶこと1時間。
「旧済州エリア」は海岸沿いの「ラマダプラザホテル」に向かう。
(3,900韓国ウォン)

本来であれば前回やられた「済州グランドホテル」で雪辱を
果たしたいところではあったが、「済州グランドホテル」のある
「新済州エリア」は「旧済州エリア」よりも港から離れていたこと、
自分がカジノにいる間の嫁の買い物の利便性、を考えて
「ラマダプラザホテル」のカジノとなった。

「旧済州エリア」には2つのカジノがあるようだった。
「ラマダプラザホテル」と「オリエンタルホテル」である。
このふたつは徒歩にして2~3分だ(お互いが見える)。

まず、「ラマダプラザホテル」のカジノに入る。






バカラメインで大小も1台稼働中。
バカラはMIN10万ウォンを中心としており、MIN1万ウォン
や3万ウォンの台はない(1台だけ5万ウォンの台があった)。
この設定からも観光客はまったく相手にしていないようで、
客層はマカオよりもマカオチックな中国の方々を中心と
していた。つまり、鉄火場だ。

次に「オリエンタルホテル」のカジノを見る。


こちらのバカラもMIN10万ウォン。
10万ウォン未満の台は存在しないようだ。
大小も1台あったがオープンしていない。
マカオの財神そっくりの雰囲気だった。
つまり、こちらも鉄火場だ。

大小やっているということで、「ラマダプラザホテル」を
選んだ。とりあえず300万ウォン分のチップをクレジット
カードのショッピング枠で購入。

14時10分、大小で勝負開始。
客はわたし一人か、もう一人加わるかぐらい。
ところが勝率悪く、何度かタバコ吸い行ったりして切替を
図ったものの、約30分の勝負で10勝21敗、▲50万ウォン
となっていた・・・。

さあ、どうしても取り返さなければならない、金額以上の
意味を持つ50万ウォンのマイナスである。

ツイてるオヤジのいる台に座り、10万ウォンずつ賭けて
コマ勝ちを狙う方法が普通に考えるとリスクは低いが、
船に戻る時間も数時間後に控えていること、バンカー
コミッションも考慮すると5コマ取り返したうえにさらに2コマ
勝ち越さないとプラス領域とはならないこと、を考えると、
経験上、可能性は低いように思えた。

3年前の済州島での敗戦を思い返す。
あの遠征は、負けを一撃で取り返そうと、最後に適当に
100万ウォンチップをバックベットしたから、記憶に残ることに
なったのだ。バックベット一撃でやられたからには、
同じくバックベット一撃でリベンジしたい。

目の前の台には、日本人のオヤジが2名プレイしていた。
しばらく見ていると、このオヤジたちは勝っているようだ。
特に、片方のオヤジは適当に負けは挟むものの、自分が
ドライバーとなった際や、張りを強くした際は必ずモノにする
引きの強さを持っていた。しかも、本田宗一郎氏に顔・声・表情
ともそっくりである。わたしは昔の本田技研の話が大好きだ。

ここでハズれると、一応原点回帰の闘いは試みるつもりだが、
テンションも下がるし、生還は期し難いことになるかもしれない。
そうなったらそうなったで、来年またリベンジに来ればいいじゃないか。

悔いはないか悔いはないか悔いはないか悔いはないか悔いはないか
と30回ほど自問した頃、ちょうど好機は訪れた。本田宗一郎さんが
ドライバー、かつチップを積み増していたのだ。

わたしはBに100万ウォンチップを置く。
本田宗一郎さんが絞る。「8」だ。
ディーラーがPlayerを開けるが、世界の本田宗一郎がまさか「9」で
引っくり返されるわけはなく、そのまま勝利となった(ホッ)。

その台はノーコミッションだったから、同じ金額の配当を受け取って
いると、向こうからEmart(スーパーマーケット)から帰ってきた嫁が
歩いてくるところだった。よって、これにて済州島での勝負終了。
+50万ウォンとし、クレジットカード購入をキャンセルして、
15時に「ラマダプラザホテル」を後にした。




しかし、もしあの勝負に敗れていたら、鬼の形相で嫁と顔を合わせ、
「勝負はこれからだ、どっか行ってろ!」となっていただろうから
(どっか行ってろと言うほど周囲には何もない)、家庭平和のため
にも本田宗一郎さんには感謝しなくてはならない。

船に戻るまでの数時間は、地下の商店街(中央地下商店街)や
市場(東門在来市場)を散策して過ごした。





ちょっと早めに18時に帰船(市場からタクシーで4,100ウォン)。


明日は長崎寄港だ。

つづく