はなさかじゅういさん | 渋沢どうぶつ愛護病院のブログ

渋沢どうぶつ愛護病院のブログ

日々感じたことを、ときどき綴ります。

 

目に映る建物や走る車、すれ違う人が身にまとう服、街にあふれる人間が作り出すものは、ニュアンスカラーであふれている。春は、そこに、原色を散りばめる。力強い色の草花。この季節は、目に飛び込んでくる色彩が、実に豊かだ。自然が作り出すものは、鮮やかに命をみなぎらせる。肌に触れるやわらかで暖かい風は、上空からではなく、地上の生命体から放たれているかのようだ。湧き立つ生命力に包まれる、5月。

 

ICUの中の猫は、高濃度の酸素がないと、命をつないでいられない。高齢で、重篤な容態だった。明日かもしれない最期は見えていた。しかし、その眼に諦めはない。見回りに行くと、待ってましたとばかりの表情をしてくれる。もう少し、この世にいたいのだ。いずれその時が来ることはわかっている。それまで、苦しみや辛さを和らげてくれればいい。手段を使い果たして立ち尽くす無力な人間を受け入れる、懐の深さ。

 

ドライアイスが昇華するみたいに、温もりや色が霧消してゆく。ICUの機械音だけが、ひんやりと響いている。だが、生前、その眼、その姿から、確かに受け取ったものがあった。そうなのだ。熱や彩りは、こうして、地上の生命体から放たれて、見るもの、そばにいるものに伝わっていく。それが、多少なりとも受け取った側を駆動する。

 

地球全体の物質の総量は、だいたい変わらない。隕石が落ちてきた時とか、人工衛星やスペースシャトルが打ち上げられたときとかに、ちょこっと増減するくらいか。すべてのものが、この球体の内部で、形を変えながら巡っている。受け渡し、受け取っている。病床から放たれた熱量や色彩は、少しでも長く、これから生きていくものへと、移っていく。その間を取り持って、この世界に原色を花開かせる仕事は、ずっと続くのである。

 

 

院長 渡部伸一