ひっそりとした山の彼方に、想いを投げかけるようにして、オオカミは遠吠えをする。大砲のようにどっしりと構え、腹の底に込めた重低音の声を、空に向かって打ち放つ。
離れた仲間と意思の疎通をするために、狩りに出かける前に群れの気持ちを一つにするために、そして、他の群れとの無用な争いや遭遇を避けるために、オオカミは遠吠えをすると言われている。
犬も、消防車や救急車のサイレンの音が聞こえると、遠吠えをすることがある。太古の血が騒ぐのだろうか。仲間の呼びかけに答えるかのように、あるいは、これ以上近づいてくれるなと警告するかのように、オオカミの真似をして声を振り絞る。
記憶の深いところには、きっと大昔の情景が淀んでいて、サイレンの音でフワッと舞い上がり、犬は思わず声を上げてしまうのかもしれない。群れで仲間を感じながら、日々を生き、縄張りを守ってきた歴史は、人間とともに暮らしていても、内に秘められているのだろう。そう思うと、なんだか沁みてくる。
「これは、あくびです。」
院長 渡部伸一