やれわいせつだの、セクハラだの、殺人だの、とにかく人間ってのは恐ろしくて吐き気がする。
毒親の身勝手な理由、躾という簡単な言葉で子どもを傷つけて満足する。
躾の加減を超えているのにさえ気づきもしない。
そんな子どもがいざ学校の先生や誰か大人にSOSを出したとしても、結局子どもの話などに聞く耳持たず寄り添うこともせず、慎重に行動することもなく再び毒親の元に返すーそして訪問打ち切り、結果的に1人の小さな命は毒親の手によって奪われた。
毒親から始まり、学校や施設の大人たちの対応にどれだけ失望し、どれだけ不信感を抱いていただろう。
一体何のためのSOSだろうか?
虐待防止の意味とは何か?大人たちが態度を変えない限り子どもの命はいくつあっても足りない。
いつもいつも小さな人間にだけ八つ当たる大きな人間こそがココロが汚れきってる。
殺されて初めて動き出す大人たち、だが何もかもが間違ってるようにしか見えない。
自分が一番大事、周りの人間など関係ない、意のまま思うまま人を馬鹿にしながら変人は生きていくのだから。