通常のヘリコプターや軽飛行機はひんぱんに墜落していますが
果たしてアメリカ軍(元々はアメリカ海兵隊)の垂直離着陸機オスプレイがそんなに危険でしょうか。
むしろ日本が輸入して自衛隊に速やかに配備し外国への抑止を強めるべきです。国家安全保障上の理由です。
オスプレイはちょっと飛行機を知っている人なら垂直離陸と水平飛行を転換するには理想的な形状だと分かります。
今までのヘリコプターと違うのはプロペラおよびエンジンが方向転換でき、主翼も付いていて垂直離着陸ばかりか翼を用いた水平飛行ができることです。
つまりヘリコプターと飛行機の性質の両方を兼ね備えているのです。
アメリカは垂直離着陸機を30年研究しているのだそうです。
通常のヘリコプターとか軽飛行機なんてひんぱんに墜落しますがそれよりもオスプレイが危険と言うのが分かりません。
危険性の比較の問題です。
むしろ型の古い古くなったヘリコプターを使い続けるならオスプレイで住民がけがをする確率こそ低いかもしれません。
アメリカ軍にとってはアメリカ人が乗るわけですからいい加減にするわけがありません。
いいですか軍隊にとって自分たちのオスプレイが墜落するということは戦いに負けるということですから安全性には細心の注意を払わないはずはないということです。
よく、同一の企業が作った飛行機で事故が起きるとこの飛行機会社の飛行機は危険だとかいうイメージの報道がなされますがどれだけ飛行機を客観的に見ているのでしょう?またなんで飛べるのか分かっているのでしょうか。
ヘリコプターならこんなに騒がれないのにオスプレイだと差別されるのです。
客観的にそれほど危険なのでしょうか
安全宣言が科学的根拠を欠いているのかどうかだけです。
オスプレイを危険だに持って行くイメージってなんだかメカを語れないような人の原発論争みたいで嫌ですね。
冷静にと言いたい。あくまでも事故であって事件じゃないのです。
なお、アメリカ軍パイロットは決定的な瞬間において自分たちの命を犠牲にする覚悟で住民のいないところに飛行し結果的に住民を巻き込まなかったのです。
民間のパイロットが住民のいないところに飛行機を不時着させることとおんなじです。
なぜ、軍隊だと差別的にされるのでしょう?
アメリカ軍がダメなら自分の国は自分で守る覚悟が必要なのに軍事の強化こそ必要なのに軍事の否定は逆立ちした議論です。アメリカ軍がダメなら自分の国は自分で守れ!それができないなら問題の多い非難するな!日米両軍の軍事がダメでは矛盾です。
自衛隊を増強し憲法九条も改正するからアメリカ軍が要らないとかアメリカとの連携を強めるから自衛隊が要らないと言うなら論理として通るかもしれません。しかし両方ダメと言う人もいます。こんな議論は戦後の日本だけでどこの国でもやりません。社民党・共産党など反対派がいるのです。
空の安全を預かる人たちの一環であるパイロットの一人としてアメリカ軍パイロットは住民をかばって命がけで操縦し重傷を負われたのです。
日本であれ外国であれ、民間であれ軍用であれ空の安全を預かる者の一人としてやることはやったのです。
全身全霊をかけ・体を張ったのです。
オスプレイの安全性うんぬんするのなら車に乗っていてけがする確率の方が高い。オスプレイの危険性の過大評価は他の危険性の過小評価です。インフルエンザで亡くなった人だっていらっしゃいます。
もっと冷静になる必要があります。
戦後の日本人って戦う者の気持ちを理解できませんね。
戦場で命のやり取りをやった実感のこもった人って穏健ですし命を懸けているのに非戦闘員の無理解者や過激派や戦闘員の過激派も相手にしたりなだめなければならないのです。そういうプレッシャーを軍人や自衛官に与えることの国益に対する減退効果を分からないのか。
まずは自衛隊員のあるいは日本の自衛に深く関わる軍隊の戦う気持ちを理解しなければなりません。
かつて埼玉で自衛隊機が高校への墜落を防ぐため自らの危険を顧みず危険な操縦を河川敷まで続け殉職者が出ましたが、新聞は自衛官死ぬと書きました。敬語を使いませんでした。
これもマスコミがおかしい。
そのくせテロの被疑者には殺害と敬語を使い、名前に氏を付けたりしたこともあります。殺したという客観的な表現ができないのです。せん滅・抹殺はまずいのでしょうけれど何軍が誰を殺したとは客観的な表現です。戦争となるとこういう表現をしているのに自衛官の高校を守って殉職したかたには死ぬと書いたのです。高校からの犠牲者はゼロでした。
オスプレイのパイロットだって国は違ってもこういう飛行をやったのです。多数の重傷者が出ています。輸送機型の垂直離着陸機ですから。
憲法前文や憲法九条はむちゃくちゃであり決して尊敬できません。
弱い国は敵より悪いという言葉を知らないのでしょうか。